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「彼女」
【悲恋 恋愛小説】

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「彼女」-1

「ねぇ、孝彰…」
「何?」
「ここが解らないんだけど…」
そう言って近付いてくる君からは、微かに石鹸の香りがする。
此所へ来る前に、風呂に入ったのだろうか。
「化学?…あぁ。」
勉強会、ということで今この狭い部屋の中で
「あのねっ、ココとココとココと…」
「多すぎだろ。」
俺達は肩がくっつく程に密着していた。
コイツが擦り寄ってきてるのもあるけど。
「お願い!!…教えて??」
左腕にしがみつきながら、上目使いで懇願する君。
その仕草には、付き合い始めて3年経った今でも慣れない。
「その為に、わざわざ来たんだろ。」
眼鏡を直すフリをして、不自然にならないように顔を背ける。
「わぁい!!孝彰大好きっ!!」
…その笑顔は反則技だ。

………

「で、コレがこうだから…こうやってやれば、お前でも解けるだろう?」
あれから約1時間。
化学を終えると同時に、数学も解らないというコイツに俺は親切にも授業を始めていた。
「うわぁっ…すっごい!!孝彰の、山沢のより解りやすい!!」
山沢…確か、コイツのクラスの数学の担当だ。
「当たり前だな。俺は、数学に携わった一生を送る男だからな。」
まぁ嘘だが、そこらの教師より解りやすく教えるという自信はある。
「ふは…」
思いっ切り尊敬の眼差しで見られている気がするが、そんな人生は絶対に送りたくない。
世の中の数学者達には失礼だかな。
それにしても…
「化学と数学が出来ないとなると、お前の頭は理数系には向いていないようだな。」
そう言うと、口をへの字に曲げてお前はすねた。
「むっ。でもアタシ、この間の古文のテスト93点だったもん!!」
「俺、パーフェクトだったな。」
「う"っ…。」
まぁ、そんなのはどうでも良いんだ。
お前は可愛けりゃ、充分だから。
「頑張れよ。」
髪を撫でてやると、嬉しそうに目を閉じた。
口元は、上へと上がる。

可愛いな…。

そんなことを思いながら見つめていると、不意に顔を上げたお前と目が合う。
「アタシ、孝彰よりも頭良くなる!!」
無理だな。
何を言ってるんだコイツは。
お前だから良いようなものの、他の女がそんな発言をしたら俺はソイツを以後近寄れなくするだろう。
思いっ切り、他の奴等との態度を変えてやる。
大体、俺からそれを取ったら、何も残らないんだよ。
お前は、そのままで充分良いんだ。
「さぁて、と。そろそろ帰ろうかなっ。」
そう言って立ち上がったお前からは、ふわりと鼻先を霞める香り。
思わず、抱き締めたいという衝動にかられる。
「あぁ。じゃあな。」
顔も見ずにそう告げると、
「ありがとね、孝彰っ!」
嬉しそうな声で俺の名を口にした。
ドアノブに手をかけ、部屋を出ようとした時だった。

「孝彰ー、妃呂ー、ご飯出来たわよー!!」

義理母さんが、俺達を呼ぶ。
「うん、今行くねっ!!」
そう言って、お前は俺に向かって手招きをする。
「早く早くっ!!」
「あぁ、今行く。」
立ち上がって、愛しい女の元へと歩みを進める。
「今日何だろうねっ、ハンバーグかなっ??」
「お前好きだな、ハンバーグ。」
「うんっ、大好き!!」
そう言って満面の笑みを浮かべると、お前は先に階段を降り始めた。

「……妃呂」
聞こえぬようにそう呟いて、俺は愛しい義理妹の後ろ姿を見つめる。


長い髪に、もう手は届かなかった。

●End●


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