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刃に心
【コメディ 恋愛小説】

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刃に心《第15話・奉り祭り》-8

◆◇◆◇◆◇◆◇

「疾風〜♪」

疾風は後ろを振り返った。
いつの間にか、浴衣に着替えた千代子が小走りに近寄ってくる。

「先輩、手伝い終わったんですか?」
「ああ。爺ちゃんの許しが出た♪」
「じゃあ、一緒に回りましょうよ」
「うん♪」

千代子は嬉しそうに言った。

「じゃあ、アタシが案内してやるよ♪」

千代子は疾風の腕に自らの腕を絡ませる。

「は───」

楓は思わず「疾風!」と叫びたくなった。
しかし、疾風は引っ張る千代子に苦笑いを浮かべつつも、楽しそうに屋台に向かう。

「あ…」

数歩先の疾風が遠く感じた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

その後も先頭を歩く千代子が祭りを案内し、疾風は千代子の横に並んで楽しそうに会話をしている。
楓は最後尾を俯き気味に歩いた。
苛立ちよりも寂しさを覚える。
もっと、自分も見て欲しい…
目頭がじわりと熱くなる。思わず足を止めて、それを手で拭う。僅かに湿る指先。
楓は顔を上げた。

「アレ…」

前を歩いていたはずの仲間達が見当たらない。
自分の歩く速度が遅かった為か、楓は雑踏の中で独り、取り残されていた。

「置いていかれたか…」

自虐的に呟いてみる。
もしかしたら、疾風がいないことに気付いて捜しに来てくれるかもしれないと考えた。
だが、千代子と楽しげに話す疾風が浮かび、最後尾を歩く自分に気付いてくれるはずないと考えを否定する。
楓は踵を返し、出入口に向かった。出入口で待っていれば、帰りには合流できるだろう。
周囲は行き交う恋人達で賑わっている。
否応なしに、手を握り合う光景が目に映る。
楓を心細さが襲う。
そろそろ歯止めが効かなくなってきた。
熱さを堪えられそうにない。

「っ…」

下唇を噛んだその時。

───ガシッ!!

腕を掴まれた楓は驚き、振り向く。

「やっと見つけた…」

疾風が少し息を切らし、楓の手をしっかりと握り締めていた。

「はや…て……」
「良かった…迷子になる前に見つかって…」

疾風は手を離すと笑顔と冗談混じりに言う。

「別に来なくとも…」

だが、楓は負け惜しみのように、つい刺を含んだ返事をしてしまう。

「千代子殿と楽しんでおれば良かったのに…」

素直になれば良いのに…
心の中のもう一人の自分が語りかける。
だが、疾風は怒るわけでもなく笑顔を浮かべながら、さらりと言った。

「それよりも楓がいなくなったから心配したんだよ。楓がいないのに、楽しめるわけないだろ」
「えっ…」

寂しさが消えていくのを感じた。


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