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右手の記憶
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右手の記憶-4

「止めてー!!」


叫ぶより早く私の身体は彼のほうへと動いていた。細胞の一つ一つが蠢き彼を求めるようだ。


………


気付くと、私の両手は彼の左腕を掴んでいた。彼の身体は私の掴む左腕一本で支えられ、ゆらゆらと中空を行ったり来たりしていた。

…間に合った。私は空手をやっていたりする関係で腕力には自信があったのが幸いした。

目を見開いて私を見ている彼の頭上を私の涙が流れて落下していった。

「…何してんのよ!!ばか!!うっかり足滑らせてんじゃないわよ!!死ぬとこだったでしょ!!」

私は必死で彼の腕を掴みながら無茶苦茶に叫んだ。

「…ど、どうして…ぼくはもう死んでも悔いはなかったのに…」

彼は弱々しい声である。

「うるさいわね!!早くしないとあたしが力尽きてあんた本当に落ちるわよ!!したらあたしと付き合えないのよ!?」

「でも…さっきは嫌いって…」

「だぁー!!うっさいわよあんた!男のくせに女々しいわね!!あたしもあんたが好きなのよ!!わかった!?あんたもあたしが好きなんでしょ!?だったら付き合ってやるって言ってんのよ!!だから早くそっちの手出しなさいよ!」

頬が熱を持っているのは彼の体重を支えているせいだろうか。もう顔は涙でぐしょぐしょだ。あーあ、かっこつかないなぁ。

「…ありがとう」

そういうと、右手を延ばした。生きるという選択に。
今、確かに私の右手と彼の右手が堅くつながった。



………



ふと我に返って見たものは遥か地上に見える動かなくなった彼の身体。そしてその頭から流れ出る赤い液体。じわじわとコンクリートが染まっていった。

屋上には窓越しに先程のやりとりを見ていた生徒たちが駆け付けてきた。

手が滑ったり、力が尽きてしまったわけではなかった。

私は、見てしまったのだ。

彼の右手を握ったその瞬間に。


…やっちゃったー。

生徒達の喧騒の中、私は思う。あの映像が見えたときには、もう手を離してしまっていた。宙に浮いたあの瞬間の彼のきょとんとした目が思い出される。


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