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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み 〜Obstacle Girl〜-7

ぷぁくっ、と大口を開けて、美弥は鯛焼きにかぶりつく。
夕べはこってりしたケーキを食べたのでそちらはもうたくさんという事で意見が一致し、今はあっさりした鯛焼きを買い込んで来ていた。
笹沢瀬里奈の一件ですっかり外出する気も失せ、二人は高崎家に戻って渋いお茶を片手に鯛焼きへかぶりつくという、しみじみした時間を過ごしている。
「…………笹沢さん、どういう手で来ると思う?」
美弥の言葉に、隣に座る龍之介は首をかしげた。
「どういう、って?」
暖房を効かせているので居間の中はほんわり暖かいのだが、美弥が引っ付いてくれているのが嬉しい。
「あれだけの美人だもん、プライドも相当高そうじゃない」
美弥はお茶を啜って甘くなった口内を洗い流し、二匹目の鯛焼きに手を伸ばす。
鯛焼きは粒餡が尻尾までぎっちり入っていて、手に取ると意外に重い。
「このままで済むとは思えないよぉ」
「大丈夫」
龍之介は、胸を張って根拠のない保証をした。
心配させたくないので美弥には詳細を伏せているが……兄に事情を話し、その全面協力を得て恵美を法的機関に訴える準備をしている今、龍之介にとって苦手な事や恐い事はだいぶ数が限られている。
一番恐れている事は、龍之介自身がヘマをしさえしなければ、起こる確率は限りなくゼロに近い。
その確率を限りなくゼロに近い所で維持する自信が、龍之介にはあった。
『龍之介が私を必要としてくれる限り……傍にいて、愛するよ……』と夕べ、美弥自身が誓ってくれたのである。
龍之介も美弥が自分を愛してくれる限り、離れる気は毛頭ない。
「美弥が傍にいてくれる限り、僕は何でも解決できる気がするんだ」
そう言われた美弥は呆気にとられたような顔をし……苦笑した。
「頼もしいけど……」
「もちろん、無茶はしないよ。でも、恵美のような桁外れの歓迎はそうそうないだろうし」
「まあ、ね……」
おそらくはただ一度の、童貞を奪われたSEXで兄から元婚約者を寝取ってしまった龍之介。
だが恵美にしてみれば龍之介は一回り近く年が離れているのでストレートにそれを表現する訳にも行かず、龍之介の忍耐強さを見越して『竜彦に会わせろ』と言っては龍之介へ会いに行っていたのだろう。
最近になって実力行使に出たその訳は、おそらく自分が龍之介の傍らにいるようになったから……。
「……………………ね」
「ん?」
「……その…………聞いていい?竜彦さんとあの人の馴れ初め」
ごく普通の家庭で育った竜彦と、けっこうなお金持ちらしい恵美。
持てる財産に差のある二人が、何の因果で巡り会ったのか。
「……充分係わらせちゃったしね。知る権利、当然あるか」
龍之介は鯛焼きをかじると、二人の馴れ初めを話し出す。
「タチバナ・グループは、知ってる?」
日本国内で大企業の範疇に入る会社の中でも、上位にランクインする大手だ。
「うん」
「恵美は、そこのお嬢様だよ」
美弥は思わず硬直する。
「兄さんは高校の調理科を卒業してから、立花家に雇われたんだ。で、ある日……突然具合の悪くなったシェフ・パティシエの代役でデザートを作ったら、それがえらく好評で……当主から直々にお褒めの言葉をいただいた時、脇に恵美がいたって」
「それじゃ……先に惚れたのは、あの人じゃない」
唖然とする美弥へ、龍之介は頷いてみせた。
「貞操観念が、欠如してるんだと思うよ。何が楽しいのか知らないけれど、浮気相手は七十過ぎたご老体だったらしいから」
「常識も欠如してそう……」
げんなりした調子で、美弥は呟く。
「何が悲しくて、半世紀近くも年の離れたお爺さんとベッドインしなきゃならないんだか」
「先に惚れて兄さんに纏わり付いた揚げ句に周囲の反対を押し切って交際して、ようやく婚約まで漕ぎ付けたくせに、理不尽な浮気をして婚約破棄」
「それでもう一度会いたいからって、口きいて貰うために龍之介をお……」
そこまで続けてから、美弥は慌てて言葉を変えた。
その辺のデリケートな事情を口に出す事は、ためらいがある。
「……利用したのね」
「そういう事」
龍之介は、あっさりと頷いた。
恵美と対峙した際に美弥の前でうっかり事情を喋ってしまったのだから言われても仕方ないが、美弥がそこを気遣ってくれるのが嬉しい。
「で……今まで、纏わり付かれてたと」
間違ってもここで『あの人は自分の道具とするためだけに犯した龍之介の肉体に惚れちゃって、アプローチしたくてもできないから竜彦に会わせろという口実を設けてちょくちょく会いに来ていたのよね』なんて、言ってはいけない。


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