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■LOVE PHANTOM ■
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■LOVE PHANTOM■十章■-4

「そんなの嫌よ」
張り詰めていた空気が、針を刺された風船のように割れ、靜里は再びその場に泣き崩れてしまった。
「嫌よ叶」
もはやそれは声になっていない。
那覇は泣きじゃくる靜里を見つめた後、数メートル先に、仰向けになって倒れている叶の方へ、視線を向けた。那覇の足元から、叶まで、てんてんと鮮血が飛び散っていることから、何度も何度も地面を転がったのが分かる。
叶はピクリとも動かない。那覇は鼻を鳴らし、言った。
「俺がドラキュラと呼ばれていたのを忘れていたのは、お前の方じゃないのか」
しかし叶の反応は無く、那覇は静かに彼に向かって歩きだした。
「お前に物質を凍らせる能力があるのなら、俺にもあると思わなかったのか?同じ能力を持っていると思わなかったのか?」
那覇の右腕には、べっとりと、凍りついた血が付いてる。
「なぁ叶」
叶の足元で、那覇は立ち止まり、そして見下ろした。叶はかろうじて目を開け、那覇を見上げている。体中、真っ赤な血で汚し、腹には拳二つ分ほどの穴が空いていた。那覇がやったものだ。呼吸は空回りするように、ヒューヒューと音を出して、なんとか続いている。
「哀れな奴よ。お前は、我が妻を愛しているのではない。お前に流れている、俺の血液がそう錯覚させているだけのこと、我が妻を愛せ、我が妻を守れとな。いわば、お前は俺の愛の代弁者だったわけだ」
「・・・・」
静かに、那覇は話を続けた。
「だが、それもこれでおしまいだ。彼女は俺が守る、俺が愛する。お前の役目は終わりだ・・・叶」
そう言うと那覇は膝を折り、その場に屈んだ。
視線を叶へ向けたまま、拳を振り上げる。が、その拳は、すぐにはおりてこなかった。叶が必死に何かを言葉にしようとしていたのだ。
「それ・・は、違う、ぞ」
「何?」
おもむろに、叶は言った。
「確かに、初めのうちは・・そうだった。お前の、お前の血族であることを・・・
呪いながら、あいつを捜し回った。それは、事実だ。だが、靜里に言われたよ、お前と同じことをな。言われた時は、何のことかさっぱりだった・・・・けど、今は違う」
そう言うと叶は、うっすらと笑みを浮かべ、目を閉じた。
「二人で生活していくうちに、熱いものを、感じたんだ。靜里に、触れる度に、あいつの笑顔を見つめる度に、何かが俺の中で込み上げてくるのが分かったんだ。・・・・そして今、俺は、死んでも彼女を失いたくないと思った。本気で、あいつを愛している。うまくは言えないが、あいつのためなら何でも出来る」
目を閉じたまま、叶は満足そうに言った。その顔は、初めて靜里と出会った時のそれとは全く違い、まるで子供のように、無邪気な顔だった。
那覇は目を細め、一度振り上げた拳を下ろし、死を覚悟した叶を見つめた。そして何かを振り払うように、二三度首を振ると、再び拳を作り、元の位置へと振り上げ、 「さらばだ叶」
叶の左胸を狙って突き出した。
この状況から、逃げることも、そしてもはや抵抗することも出来ないと叶は思った。
しかし、叶がきつく目を閉じ、歯を食いしばり、自分の命の終わりを確信した、その時である。目を閉じて暗闇になっていた叶の世界に、何やら鈍い衝撃音が飛び込み、同時に何かが自分へのしかかってくるのを感じた。それに驚いた叶は、焦って、目を開け、再び外の世界をのぞく。そしてそれはすぐに叶の度肝を抜くことになった。 叶の視界へ飛び込んできたものは、どんな地獄絵図もかなわぬ、悲劇を語る光景だった。辺りは、美しいとも表現出来るほど、赤く透明がかった鮮血で染められ、那覇はそれを見たまま呆然としている。しかし、その腕には、血が滴り落ちる程べっとりと付いていることから、確かに誰かがあの太い右腕の餌食になったことを証明していた。
叶は何とも言えぬ予感を抱き、傷付いた体を起こそうと、なけなしの体力で両腕へ力を入れた。が、どうしても起き上がることが出来ずに再び地面へ横たわる。見れば上にのしかかっている重しが原因である。


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