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■LOVE PHANTOM ■
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■LOVE PHANTOM■十章■-2

叶の意外な発言に、靜里は一瞬言葉につまった。今、彼は確かにヴラド・ツェペシュの名を口にした。「奴は、ヴラド・ツェペシュだ」と断言したのだ。しかし、そんなはずはない。
ヴラド・ツェペシュといえば、何百年も昔に死去し、この世にはもう存在しない人物のはずである。それを教えてくれたのは、他の誰でもなく、叶本人だ。
まるで暗闇の中を手探りで歩くように、答えが見えず、靜里は眉をひそめ、言った。
「分からないよ。その人ってもう死んじゃっていないんでしょ。だいたいあの人はどう見ても日本人よ」
「そうだな、ヴラド・ツェペシュは死んでしまっていてもういない。彼の子孫は俺一人だ」
「じゃあ」
「転生したとしたら?奴がヴラド・ツェペシュの生まれ変わりだったらどうだ」
「あ」
叶の発言に、たった今思い出したような顔付きで、靜里は口を開け、小さく頷く。
「だったらあいつが、お前のことを妻と呼ぶのにも頷ける。お前は奴の、妻の生まれ変わりなのだからな」
すべてを話し終えたらしく、叶は再び那覇の方へと視線を戻し、きつく睨めつけた。すると那覇は、突き付けられる視線を、まるで他人事のように眺めながら、軽く鼻で笑う。叶を小馬鹿にしているのだ。
それを目の当たりにした叶は、きつく下唇を噛み、一瞬身を低く屈めたかと思うと、次の瞬間には弾丸のように飛び出していた。ねらいは無論、那覇である。
「叶!」
靜里が叫ぶ。
「来るか!」
そう言うと那覇は、突進してくる叶に向かって、右拳を突き出した。が、叶はそれを、素早く、かいくぐり、那覇の尖った顎めがけて、拳を突き上げた。
那覇は僅かに、後ろへ、身を反らすと、振り上げられた、叶の腕を、がっちりとつかみ、がむしゃらに持ち上げ、空中へと振り捨てる。軽々と、まるで人形のように、投げられた叶は、地面に、足の一部が触れたかと思うと、再び、那覇めがけて突っ込んで行く。それに合わせて、那覇も、右脚をバネに、地面を蹴り、叶へと突進して行く。
叶の拳が那覇を狙う、が、空しくもそれは空を切り、今度は逆に、那覇が拳を繰り出す。しかし叶は、それをうまく避け、振り向きざま、再び那覇へ拳を繰り出した。
那覇はそれを真面にくらい、のけ反り、歯を食いしばる。
「貴様ぁ!」
そう叫ぶと同時に、那覇は、回避しようとする叶の頭を、鷲掴みしたまま、力いっぱい蹴りあげた。「ごふっ」という音とともに、叶の口から、多量の鮮血が、飛び散り、白い雪を次々と、真紅に染めてゆく。
那覇が手を放すと、無残にも叶は、その場に転がった。
「いかにも、俺の前世はヴラド・ツェペシュだ。すべてはお前の言ったとうりさ」
「し、靜里を・・・どうするつもりだ・・」
那覇は、よろけながら、必死立ち上がろうとする叶の顎を、
「愚問だな」
と、再び蹴りあげる。鈍い衝撃音と共に、叶は地べたへ転がり、ついにはそのまま、動かなくなってしまった。
「俺は、彼女を見つけるために、転生したのだ」
そう言うと那覇は、半分意識の無い叶の腹を蹴り、あざ笑った。
「俺の妻にする」
「・・くっそ」
「俺もまさか、転生できるとは思っても見なかったさ」
 と、那覇は言った。
叶は麻痺した体を両腕で抱き、薄目で辺りを見回す。そこから見える景色は、水を挿した水彩画のようにぼんやりとしか見えない。その中で、唯一はっきりと見えるたのは自分に向かって走ってくる、靜里の姿だった。
(駄目だ、くるな靜里)
頭の中で叫ぶが、声にはならない。
叶はわずかに右手を動かし、ゆるやかに拳を作った。


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