Mirage〜4ｔh.Weakness-3
「‥‥アダム・スミス」
「ん？」
喉から搾り出した言葉を、先輩は少し身を乗り出すようにして聞き返した。
「アダム・スミスの『神の見えざる手』って理論が好きなんですよ。各人の利己的な活動によって市場は均衡する、っていうのに、納得したんです」
「どこがどんな風に？」
先輩は相変わらず愉しそうに笑っている。
「先に言っておきますけど、俺は神や仏の存在なんて一切信じてません。それを踏まえた上で、人間ってのは自分勝手な生物であって、いくら日和見主義の善人気取りな連中が無償の愛だの、縁起だのとかっていくら騒いでいたところで、結局、そいつらを含む自己中心的な人間の活動によって市場経済が成立しているってわかったんです」
「なるほど」
先輩は手近な椅子に腰掛け、すらりと伸びた両足を組んだ。タイトなスカートからのぞく、透き通るような白い足に、不覚ながら僕は一瞬見惚れた。一瞬。
「君の言いたいことはよくわかった。その理論が正しいとか、間違っているとかっていう問題を差し引いても、やはり君はおもしろい。他の何となくで親の金で大学に来ている人間とは次元が違うな」
「俺も親の金で大学に来てます」
「そういうことじゃないよ。遊びに来ているバカな連中とは違う、って言いたいんだ。飲みに誘っても来ないしな」
確かにそういった行事の出席率はあまりよくないが、別に引きこもっているわけではない。念のため。
「先輩、こんな時期まで就活ですか？」
話題を違う方に振ってみる。話を逸らすのは昔から得意だ。
「あぁ。今回の面接が通れば次が最終だけど」
「でも先輩ってもう内定いくつかもらってはりますよね？」
いい感じだ。うまく話を別方向へ持っていくことが出来る。