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冬のある日の出来事
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冬のある日の出来事-1

 寒い。とにかく、寒い。これでは風邪をひいてしまう。明日はセーターを着込んでこねば。これから死のうとしている身のくせに気付くとそんなことを考えていた。
 駅のホームには時折冷たい風が吹き抜ける。そのたびに電車を待つ人たちはみな示し合わせたように首をマフラーにすぼめ、その光景はやけに滑稽に見える。

 17時49分。おれはとある駅のホームに立っている。何を隠そう、おれはこれから18時03分にここを通過する電車に飛び込み、自殺をするつもりの自殺志願者だ。おそらく、あの猛スピードで走ってくる電車に突っ込むわけだから、死体はバラバラになり、体中から脳みそやら内蔵やらがはみだして、原型を留めていることはないだろう。この場所もきっと一瞬にして惨状になり、おれの飛び散った腕などを見た女子高生などはしばらく食事が喉を通らなくなることを考えるととても申し訳ない。

まったく、これから死ぬっていうのにもう少し冬のやつも気を利かせてこの寒さをどうにかしてくれてもいいのになぁ…。


妙に冷静な気分でわけのわからない文句をつぶやく。だがつまりそういうことなのだろう。この世からおれが消えることなどたいしたイベントではないのだ。おれがこの世界から消えたあともなにごともなかったようにこの世界は機能し続けるだろう。おれが消えることを世界は拒みはしない。いや、むしろ人口爆発により資源の枯渇が深刻化している今、自分という人間が消えてくれることを望んでいるに違いない。


ーおいおい、まだ生きてたのか?とっとと死んでくれよぉ。こっちは油をそこらじゅうから抜かれて大変なんだからよぉ…ー


そんな地球のぼやきが聞こえてくるようだ。まぁ、心配するな。おれはもう死ぬつもりだから安心しろ。あの時は揚げ物の油を流しにすててごめんな。それにしてもなんておれはエコノミックで地球にやさしいやつなんだろう。人生をコストダウンして資源を守るなんて。政府も二酸化炭素の削減目標を達成したいならまず自殺志願者の自殺を奨励するのがよいのではないか。
 ところで、最近になってようやく気付いたことがある。おれには幸せなどまかり間違っても巡ってこないということだ。これまではすべての人間に同じだけ幸せはあるものと勘違いして生きてきた。だが、おれはいつ、どこでもいじめの対象だったので、靴を幾度となく隠され、教科書は落書きだらけ、トイレでは決まって上から水が降ってきた。そのせいで、隠された靴を見つけるのは上手になり、教科書は文字が読めなくてもよいようすべて暗記するようになり、トイレでは傘を常備するようになったほどだ。それでも、おれはいじめに耐えながら、いつかあの天下のT大学に受かりみんなを見返すつもりだった。おれは修羅のごとく勉強した。積み上げたノートは天井に達するほどだった。しかし、試験の日に盲腸にかかり落ちた。おれは理解する。幸福がNならおれもN。幸福がプラスならおれもプラス。おれがどこに行こうが、幸せとおれは反発して決してくっつくことはない。
のだ
そうした理不尽な現実に嫌気がさし、このたびは自ら命を絶つという決断にいたったわけだ。この先にいいことがないとわかれば生きていても仕方ない。とにかく、今日で意地の悪い現実ともいらだたしいこの寒さともお別れだ。


17時53分。おれの人生は残り10分。


その時、視界の隅でなにかが光るのに気付く。何かと思いみてみるとそばのベンチのうえにポツンとそれはあった。


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