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『―祈り―』
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『―祈り―』-4

「出来るだけのことはやってみるさ」 
 
 老人の堅い決意を感じ取ったのか、男は呆れたとばかりに手を広げ、壁に掛かったカレンダーに視線をうつした。 
 そして、今まさに気付いたとばかりに、大袈裟な動作で驚きの声をあげた。
 
「おいおい、今日はクリスマスじゃねえか。参ったなぁ。おれも天使の端くれだからなぁ。じいさん、あんたにひとつプレゼントをやるよ」
 
 老人はわけがわからず、何か言おうとしたが、男が手をあげてそれを制した。
 
「生きることは辛い。生きて誰かを守ることは尚のことだ。濡れ手に泡の幸せなんて望んじゃいけねぇ。奇跡なんてこの世にはありゃしないのさ。じいさん、あんた、そこんとこよくわかってんだろうな」 
 
 老人は呆気にとられながらも、しっかりとうなずいた。 
 
「それならいい。じゃあ、受け取りな」
 
 男は片頬をあげてニヤリと笑うと、老人の目の前で、パチンと指を鳴らしてみせた。 
 その途端、老人の意識はまた深い闇の中に落ち込んでいった……。
 
 
    ※ ※ ※
 
 
 頬にあたる歩道の石畳の冷たさに、老人は目を覚ました。
 冷えた身体を苦労して揺り動かすと、遠巻きに老人を取り囲んでいた街人が、不謹慎にも何かがっかりした様子で、一人また一人と離れていった。 
 
 わしは生きているのか?
 ありゃ、夢だったのか?
 
 老人は雪にまみれたボロ雑巾のような格好で、何とか立ち上がると、今まで大事に抱えていたプレゼントの代わりに、一枚の紙切れを握り締めていることに気がついた。
 
 かじかむ指でその紙を開くと、その短い文面を、一度ならず二度三度と、その意味が理解出来るまで、何度も何度も読み返した。
 
 あぁ、あぁ、神様。わしは生きます。精一杯生きてみますとも……
 
 少女は明日から赤いマフラーを巻いて街に出るだろう。今年の冬はずっとそうして過ごすに違いない。そして、わしはそれを眺めて過ごすことになる。
 春がきて、夏がきて、また冬がきたら、わしが今度はかわいい手袋を買ってあげるとしよう……。
 
 老人は身体の雪を払うと、はやる気持ちをどうすることも出来ず、クリスマスソングの鳴り渡る街を、少女の住むアパートに向けて足早に歩き始めた。
 
 老人の握り締めた広告にはこう書いてあった。
 
 
 《急募! 当アパート、住込みにて管理人求む》……と。
 
 
 
 
        end


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