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待合室
【ファンタジー その他小説】

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待合室-1

 ここに一人の男がいる。彼は人生の大半を何かしらの罪を背負って過ごした。盗みもやれば暴力も振るう。晩年には詐欺で一財産築いたこともあった。悪事と名の付くもので犯さなかったのは殺人ぐらいだろうか。
そんな彼にも、とうとう悪運の尽きるときがやって来た。ある朝起きると目の前に厳しい顔をした警官が二人、自分を見下ろしているのと目が合ったのだ。彼は咄嗟に飛び起きて今しも自分を捕まえようとする腕を振り払った。そして二階の窓から雨どい伝いに下へ降りると一目散に駆け出した。裸足でアスファルトを蹴りながら何度か後ろを振り返って追跡者の様子を確認する。それが不幸を呼んだ。
彼はそうと気付かないまま赤信号の横断歩道に飛び出し、タイミング良く通りかかったトラックに交差点の真ん中まで弾き飛ばされてしまった。即死だった。
だが彼は死んだことをそれほどは後悔してなかった。
まあ、ちと早い気もするが、やりたいことは粗方やったし、思い残すこともない。まず間違いなく地獄行きだろうがそれも結構。舌先三寸でどこだって渡って行けるさ。
果たして彼は地獄行きを宣告された。個別番号の支給など手続きがあるからと事務員は彼を待合室のソファーに通した。そこでキョロキョロと辺りを見回すと、自分は本当に死んだかどうだか怪しく感じ始めた。何と言うか雰囲気が浮世臭いのだ。座らされた部屋もそこで働く人間(正確には人型の霊魂)も、生前に嗅いだ役所のにおいがする。あの世に来ても七三眼鏡を見るとは予想だにしなかった。
最初のうちは物珍しさで飽きることもなくそこかしこを眺めていたが、それも一時間が経ち二時間が経とうかという頃になると、元々気の長いほうでない彼は苛立ち始めた。
近くを通りかかった職員を呼び止め激しく問い質した。
「いつまでチンタラやってんだよ。ここで一泊しろってのか?」
 職員は微笑を浮かべ申し訳なさそうに言った。
「最近は自殺者の急増などで処理人数が増えておりまして、作業が追いつかない状況になっております。皆様には迷惑おかけして済みません」
 紋切り型の返答に納得の行かない彼は奥にある窓口を指差し、そこも開放するよう迫った。先ほどからその窓口だけ誰も利用してないのだ。
 職員は更に腰を低くして言った。
「生憎と、あちらは天国行き専用になっております」


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