投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

姿無き……
【ホラー その他小説】

姿無き……の最初へ 姿無き…… 0 姿無き…… 2 姿無き……の最後へ

姿無き……-1

いつものバーでジンが入ったコップを傾けていた。普段は滅多に呑まない酒(詳しくはカクテル)だが、せめて今日ぐらいは呑まずにはいられなかった。
上司に怒られた? そんな事ならいいじゃないか。オレの場合不自然なくらい不幸な事が続き過ぎた。朝、会社に行くと訳が分からず怒られる。昼には母親が突然死んだし、夜には妻から納得出来ない理由で別れ話が切りだされるわで、今自分の人生に悲観していたところだ。
さて、話は戻るがここのバーは――どこのバーもそうだと思うのだが、ここのバー以外に行った時が無いので分からない――常にジャズが鳴り響いている。こんな日にジャズを聞くと、スゥーと心の奥底まで心地好いジャズのメロディが響き、いつまでも鳴り続ける。そして、安らかにしてくれる。
また話が脱線してしまったが、その後もオレは二、三杯のカクテルを飲み夜の眠らない街にくり出した。
 酔っていた所為もあるのか、どこをどう歩いたのかは全然覚えていない。気づいたら、不思議な店の前に立っていた。看板には『何でも屋』と書かれているし、店の壁面は既にボロボロだ。今にも妖怪や魑魅魍魎(ちみもうりょう)が出て来そうな雰囲気さえも出している。入るなという指令が脳から出ているにも関わらず足が勝手に店の中へと入っていく。何かに導かれるように……。何かに誘われるように……。
やはり中もボロボロだ。そこら辺には蜘蛛の巣があるし、足を踏み出すごとにギシッギシッと木板がうなりをあげる。何でも屋と書いているのに、ショーケースが有るわけでもなくぶっちゃけて言うと何もない。だが、その何も無さが少しずつ感じつつある恐怖に拍車を掛ける。
「いらっしゃいませ。何かようですか?」
そこには何も居ないはずだった。誰も居ないはずだった。だが、声がしたから誰かがいるはず。しかし、人間の気配は微塵も感じられない。時折、動く鼠の音だけが感じる。不思議には思ったが、酔っていたので気のせいだと思い直し声が聞こえた方向に思い切り言う。
「何でも屋って言うのは、何でもやるって事か?」
「いえ、何でも売っているという意味でございます。」
 何でも売っている? そこが妙に気になった。よく怪しい通販などで何でも売っていると謳(うた)って結局何も売ってない、という事態があると友人から聞いた事があるからだ。だから、この店もその類(たぐい)なのかと考えていると向こうから、さらに声が聞こえてきた。
「私のこの店は詐欺などは絶対にしません。人間や動物の内臓から思い出まで何だって売っております」
 オレの心を見抜いた様に言った。不幸な事が続いたオレにとって欲しいものがあった。
「なあ、楽しい思い出って売ってるか?」
「もちろんでございます。ただし何かと交換させて頂く事になります」
「ほう、それは何だ? 何だって良いぞ」
「では、あなたの悲しい思い出と交換でよろしいでしょうか?」
「良いぞ!」
 姿無き主人は奥にきてくださいと言った。オレは奥に行くとそこは広い部屋だった。ただし、かなりの殺風景だった。椅子しかない。小鳥が囀(さえず)るような小さな声で主人は言った。
「椅子に座って下さい。そして、眼を瞑り悲しい思い出を思い出してください」
 主人の言う通りにしていると、主人の掌がオレの頭を掴み何かの呪文を何度も何度も繰り返す。
 いつの間にか眠っていたようで、起きると何処かの家の前にいた。おかしいことにさっきまでの自分の行動が思い出せない。だが、心は妙に晴れやかだった。足を一歩踏みだすと行き先が決まっているのか休む事無く歩き続けた。それからの事はよく覚えていない。


『おはようございます。では、朝のニュースです。昨夜3:00ごろ東京都在住の男が児童ポルノ法違反で逮捕されました。
  (中略)
男は警察の取り調べに対してわけの分からない事を、何度も繰り返しており、男が精神科の通院歴があるかどうか調べています。以上朝のニュースでした。爽やかな一日をお過ごしください』

 今日もまた誰かが犠牲になっているのかもしれない。姿無き主人によって……。


姿無き……の最初へ 姿無き…… 0 姿無き…… 2 姿無き……の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前