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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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ハナツバキB-1

噂が広まるのは早い。草野太一、26歳。退職の意思を示したその日にはもう会社中に知れ渡っていた。
「いいよなぁ、結婚してない奴はあっさり決断できて」
直属の上司からのイヤミともとれる発言。
あっさりではない、これでも悩んだんだ。
『一身上の理由』なんて都合のいい事言ってるけど、本当は好きな女の子を忘れたいだけ。我ながら何て情けない理由だ。
椿ちゃんの2年間の片思いが終わって以来、俺達はまともに会話をしていない。何となく避けられている気もする。
もう知ってるかな。
一言も相談しなかったから怒ってるかな。
知ってたら、少しでも気があったら止めてくれるよね。止められても退職は決定してるけど、嘘でもいいから『辞めないで』って言われたいな。



ちくんが会社を辞める。聞かされたのはちくんを好きになった次の日。
会えなくなる…
片思いでも毎日好きな人を見られる幸せもあるって、やっとそう思えたのに。
一言も話してくれなかった。親友なら相談くらいしてよ。
いつもちくんの優しさに甘えてたけど、あたしだって役に立ちたかった。
相談されていたら、あたしは何て言っただろう。
『辞めないで』
言いたいな。
言えるわけないじゃん、ただの友達なのに。
せいぜい笑って、頑張ってねって背中を叩いて、あたしも辞めたいなーなんて軽く言って、…おしまい。
男友達なんか好きになるもんじゃない。
ちくんの残り在職日数は約1ヶ月。その内2週間は有給消化。
あと2週間。
少しでも気があったら、あたしを想ってくれていたら何か言ってくれるよね。
そんな希望も虚しく口も聞かないまま日々が過ぎていく。いつの間にかタイムカード横にはちくんの送別会の出欠表が置かれていた。
絶対行かない。別れの挨拶なんか聞きたくない。新しい出会いの待つ場所へなんて送り出したくない。
社員全員の名前の入った出欠表。吉田椿の欄には簡単に消えないくらいの濃い×印を書いた。
あの日の『じゃあね』が耳について消えない。
いつも通りの別れ方。振り向きもせずに帰ってく。振り向いてくれない。ちくんが行っちゃう。



『草野太一送別会』と書かれた出欠表。多くの人が○印を付けてくれている中で一際目立つ×印は椿ちゃんが書いたものだった。
ため息が1つ、2つ3つ…止まらない。
最後の日すら顔を合わせてくれないのか。
最近椿ちゃんは楽しそうだ。毎晩合コンやらエステやら、何かしら仕事帰りに遊びに行ってるらしい。多分送別会の日もそうなんだろう。
合コンで新しい出会い探してるんだ。俺も探さなきゃ。
難しいなぁ。
あんないい子いないもん。周りをぱあっと明るくして、つられて笑ってしまう。しばらく引きずる覚悟はしてるけど、最後に話がしたい。
出勤最終日の前夜、不安をこらえて椿ちゃんにメールをした。



『明日の夜暇?』
突然来たちくんからのメール。一言だけの素っ気ないモノだけど、ドキドキしてすぐに返信できなかった。
『なんで?』
返せたのはこんな言葉。浮かれてるように思われたくない。いなくなる相手に気持ちがバレたくない。
『飯でもどう?』
…無理。2人になったら絶対泣く。それにもう、じゃあねって言われたくない。
なのに親指は、本人よりも正直者だ。
『いいよ』
話がしたい欲求に負けた。今のうちに泣いておかなきゃ。明日ちくんといる間だけでも笑っていられるように。


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