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【ファンタジー 恋愛小説】

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楓《前編》-2

「僕は、誰だろう?」

騒がしい居酒屋の一席。僕らのテーブルが一瞬静まりかえり、直後爆笑の渦がつつむ。
なに?君、ひょっとしたら、すごい面白いヒト? 女の子の一人がくすくす笑いながら言う。こいつ、緊張してるんだよ。なあ、マユ。こいつはマユト。友人Aが僕の肩を叩く。
僕は恥ずかしくなって、よく分からないまま頷き、頭を掻いた。楓はぴくりとも笑わず、僕の方を見つめたまま、カクテルを喉に流し込んだ。

合コンは、それぞれパートナーを見つけた同士で別れていき、結局僕と楓だけが居酒屋の前に残された。友人Aは申し訳なさそうに、茶髪のロングヘアと消えていった。気にするなよ、と僕は合図を送り、煙草に火をつけた。
楓とは、あれきり一度も話をしなかった。というよりも、楓はほとんど誰とも話をしていなかった。たまに話を振られた時、二言、三言話すくらいだった。何故、彼女は合コンなんかに参加したのか、と疑問に思うくらいだ。
僕は何か話題を探しているけれど、楓と楽しく喋る自信なんて全然なくて、結局は人込みに紛れたまま煙草をふかしていた。楓は、ハンドバックを抱えたまま、道行く車を眺めていた。
「じゃあ、帰ろうか」僕は言った。
「帰りたくない」と楓は言った。

立ち寄ったラーメン屋で、楓は人が変わったみたいによく喋り、よく笑った。
「人が変わったみたいだ」と僕が正直に言うと、けらけら笑いながら楓は首を振った。
「なんかね、大勢に紛れるとね、喋られなくなるの。一対一だと全然大丈夫なのに、さっきみたいのになると、全然話せないの。だってさ、喋らなくても、他で勝手に盛り上がるし、喋る必要もないしさ。そういうの、ない?」
「分かるよ。僕もそんな感じだから」
「でしょう? ねえ、話変わるけど、ここのラーメンすっごく美味しくない? 魚介と、ドーブツ系のダシがコンゼンイッタイとなってて、麺もさ、いいよね? ね? 美味しい?」
「うん。美味しいよ」
「でしょう? 良かった。さっき、落ち着かなくてあんまり食べれなかったからさ〜。お腹空いちゃって。おまけに、一人でラーメン屋なんて入れないしね。マユト君がいて良かった。ああ、そうそう。ここ、ギョーザも美味しいんだよ。肉汁がしゃぱーっと出てくるヤツなのよ。マユト君、食べたい?」
「あ、僕は…」それほどお腹が空いていないから、と言い終える前に、楓はもうギョーザを注文している。
「一皿でいいよね? 六個だからちょうどいいね、半分こね」
「うん。いいよ」と僕は応える。そして、楓はまた全然別の話を始める。楽しそうに話す彼女の横顔が可愛くて、楽しくて、僕はこんな時間がいつまでも続けばいいのに、と思った。
僕は、恋に落ちた。

バスルーム。
中枢神経。
マルボロ・メンソールライトの吸殻。
ガーナチョコレート。
主成分ブロムワレリル尿素の錠剤。
貴女の最期。僕の中に小さな宇宙を作り出した貴女は、もう二度と僕の小さな宇宙を消す事はない。問いかけ、僕の答えを待たずして、貴女は亡骸となった。三年前だ。

貴女はかつての僕の恋人で、付き合っている間に、何十人もの男達とセックスをした。問い詰めた僕に貴女は、悪びれもせずに言うのだ。「私は別にキミじゃなくてもいいの。だって、キミと誰かとの間に、どれくらいの違いがあるの? 私と誰かとの間に、どれくらいの違いがあるの? 私がキミを選んだのは、キミが私の側にいてくれたから。それだけ。キミはキミである必要なんてないの。キミが、例えばキミ以外の誰かであっても、私は全然構わない」

それならば、僕は誰だ? 貴女に伸ばした僕の手は、僕ではない誰かのモノ。貴女に語った言葉は、僕ではない誰かの言葉。貴女を抱いた熱は、不特定多数の欲望。

とは言え、僕には他の誰かと、致命的に違うところがあった。
僕には、三本目の腕がある。それは比喩ではなく、現実的に存在している。
右側の腕の付根、丁度脇の部分から、細くて小さな三十センチくらいの長さの腕が生えている。先端には指が三本ついている。ちゃんと爪もある。そいつで食事だって出来る。


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