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『鬼と、罪深き花畜』
【SM 官能小説】

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『鬼と、罪深き花畜』-11

(3)
 黒岩先生のデッサンの筆はカリカリと二時間以上も休むことなく動き続けていました。
 僕は円形テーブルの上に縄で吊られたまま、意識が薄れそうに何度もなっていたんです。縄に陶酔して、ヨダレを垂らしていたかもしれません。夢を見ているような気分で深くて暗い沼の淵を彷徨っていたのです……。

「やっぱりね。あなたは困った人だわ……」
 夢を見ていたのかもしれません。突然ママが姿を現して、僕のグッタリとした裸体を天井から吊り下げている縄を解こうとしてくれていたんです。
「ミツルさんが気を失ってらっしゃっても、あなたは気付かないんだから」
 ママは先生に向けて苦情を口にしながら、僕の裸体を抱きかかえて円形テーブルから床に下ろし、愛おしそうに抱きしめて介抱してくれたんです。
(ママッ……もっときつく抱いてっ。ずっと抱いてて)
ママの胸に抱かれるなんて、物心がついてからはありません。僕は最高に幸せな気分になってウットリとしていたんです。上品なママの甘い香りに包まれ、夢なら覚めないで欲しいと願っていたんです……。

「ミツルさん。目を覚ましてっ」
「えっ……ああっ、志摩子さん」
 ママがここにいるはずなかったんです。
 ようやく意識がはっきりと戻った時、僕は志摩子さんの腕の中でした。全身の骨をきしませる亀甲縛りの縄はまだ解かれてなかったんです。両腕もしっかりと背中で固縛されていました。
「ミツルさんはとっても悪い子ね」
 志摩子さんはママと同じようなセリフを口にするんです。
「ぼ、僕は先生の絵のモデルになっていただけです……どうして悪い子ですか」
 アトリエを見回しても先生の姿はありませんでした。
「あなたが志摩子を悪い女に変えてしまうからよ」
 お淑やかそうで凛々しくて、一目で胸をときめかせた和服姿のあの梨々子さんと同じ女性とは思えない猥らで悩ましい表情を浮かべ、身動きの出来ない僕の口唇に真紅の口唇を近付けてきて、触れ合わせたんです。
「ああっ。ど、どうして」
 あの志摩子さんから突然キスをされて、僕はまだ夢のつづきかと疑ったくらいです。
「あなたを一目見て、わたくし、ズキッとしたの」
「ぼ、僕もですっ」
「嘘っ」
「ほんとです。目の前がクラクラしました」
 志摩子さんは僕の乱れた長い髪を掻き上げてくれて、もう一度キスしてきたんです。甘い香りのする舌を差し入れて、僕の舌に絡めるんです。先生とのファーストキスなんかとはまるで違って、脳髄が蕩けそうになるような甘いキスでした。女同士で戯れているような不思議な錯覚を覚えるキスでした。
「あなたが志摩子を狂わせるのよ。嫉妬してしまうくらい、ミツルさんは美しいわ。吸い込まれそうな瞳よ。この鼻も齧りつきたいほど愛らしくて、口唇の形もとっても素敵。それにこの滑らかな真っ白な肌。あの人がすっかりあなたの虜になってしまっても仕方ないと思うんだけど……わたくし、あなたが憎らしくてならないわ」
 志摩子さんは黒髪をアップに結い上げたままです。豪奢な和服を脱いで、白絹の長襦袢を纏っているだけの妖しい格好でした。
 憎らしいわと囁きながら、僕の口唇に齧りついてくるんです。
「あん、志摩子さん……先生のデッサンはもう終わったんでしょうか」
 僕は全身を緊縛している縄の地獄から早く逃れたくて、志摩子さんに尋ねました。
「まだよ。まだこの縄も解かないわ。これからわたくし達はあの人のモデルになって、あの人のために愛し合わなきゃならないの。あの人が戻って来るまで、束の間の休息よ」
 志摩子さんの美貌の妖艶さには、僕のような歳ではとても敵わないんです。眺めているだけで心を奪われそうになるほど艶やかで、匂い立つような色香です。そんな志摩子さんと先生の目の前で愛し合うなんて、想像するだけで異様な昂奮を覚えました。


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