母と子の恥臭-4
「おにいーちゃん！起きてっ。ごはんだよ」
しのちゃんの声と頬の痛みで目が覚める。開いた視界いっぱいに、俺の両頬を両手の指でつねっているしのちゃんの笑顔が広がる。しのちゃんの、唾液で湿った前歯と歯茎、そしていつもの8歳の息臭に思わずキスしたくなって両手をしのちゃんの背中に回しかけて止める。ごはんって、さおりさん帰ってきちゃったのか。
「お兄ちゃん起きた？お疲れ様でした、ごはんできたから食べましょ」
しのちゃんの肩越しにさおりさんの笑顔が見える。あいまいに表情を作って目線をそらす。気まずさと気恥ずかしさとがそうさせる。いやでもこれ、自業自得ってやつだろ。
しのちゃんに両手を引っ張られて起き上がり、夕食の支度が整ったテーブルにつく。麻婆茄子と中華サラダ、卵スープ。中華サラダはきっと、しのちゃんが作ったやつだろうな。隠しても得意気な顔してるからわかるよ。
さおりさんが俺の前のグラスにスーパードライを注いでくれる。
「お兄ちゃん、今日はしのとデートしてくれてありがとう、いっぱい食べてね」
その笑顔がいつもよりまぶしい。俺さっき、さおりさんのショーツの恥臭を嗅いでオナニーしたんだよな。さおりさんが普通なら他人に嗅がせない恥臭。ましてさおりさんはそのことを知らない、たぶん。琴美のオナニー後の生おまんことその膣臭で射精した翌々日に職場で琴美と顔を合わせたときよりももっと気恥ずかしさが大きい。ま、まあ、食事中はいったんこの話は横においておこうか。
麻婆茄子はピリ辛で、ハイキングで疲労した ―それだけじゃないけれど― 身体が大喜びで受け付ける。しのちゃんのドヤ顔を見ながら食べる中華サラダは、なるほどそういう顔をしたくなるのももっともだと思わせるくらいにおいしい。麻婆茄子の唐辛子や中華サラダの酸味のあるドレッシングをやさしく中和する卵スープは怡君さん直伝だそうだ。ついついご飯もおかわりしてしまう。だんだん図々しくなってきたな俺、いろんな意味で。
食べ終わった食器をしのちゃんと台所に並んで洗い、それをさおりさんがふきんで拭いて食器棚に戻していく。なんか、こういう「家庭」っぽい光景の中に最近いなかったから新鮮に感じる。そして、しのちゃんと一緒にする家事、それをさおりさんが見守ってくれているこの状況。さっきの気恥ずかしさが薄れて多幸感が満ちてくる。俺も勝手だな。
「お兄ちゃんね、途中でつかれちゃって、あたしが手をひっぱって登らせてあげたんだよ」
しのちゃん用のジャージー牛乳プリンと大人用のチーズクラッカーが並ぶテーブルで、しのちゃんがさおりさんに言わんでいいことを報告する。さおりさんが嬉しそうに笑っているから、まあいいけれど。
「ほんとにお疲れさまでした。大変だったでしょ、しのの世話」
小さなスプーンでプリンを食べるしのちゃんの隣で、ビールのグラスを手にしたさおりさんが今度は苦笑いしている。
「あ、いえ、ぜんぜん。俺も楽しかったです」
足はちょっと筋肉痛っぽいけどな。でも、楽しかったのは間違いない。ちょっとどもったのはいつものコミュ障と、チーズクラッカーの香りがさおりさんの恥臭を彷彿させて気恥ずかしさがぶり返したからだ。