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炎上
【歴史 その他小説】

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炎上-1

西暦1582年、本能寺にて。
燃え盛る猛火の中、『第六天魔王』織田信長は、ただ腕を組み立ち尽くしていた。精悍な瞳の中には炎が揺らめき、その様子は、絶望の淵に立つ者とは思えぬ程、堂々としている。
「なぜ逃げぬ?」
信長は、後ろに控える二人に問う。
妻の濃と、小姓の森蘭丸。
「某は、従者であるが故。殿の向かう地が、某の向かう地であります」
「私は、殿の妻。姫でありますから。理由は、ただそれだけ」
死の恐怖と熱気の中、両者は身じろぎもせずにそう答えた。
「愚か者どもが…」
信長は苦笑する。

「光秀様、本能寺は墜ちました」
「うむ」
馬上にて、謀反の首謀者である明智光秀は頷く。
「光秀様…何故(なにゆえ)、謀反などと?」
部下が、恐る恐る光秀に問いた。
「天下」
光秀は天を仰ぎ、一言でそれに答える。
信長に遣える身であっても、光秀も戦乱の世に生きる将である。ならば目指すは天下統一であり、そのためには主にも弓を引かねばならぬ。
部下も、光秀の一言でそれを理解した。

「摩利支天の加護もこれまでか」
一歩も引かずに業火と向き合う信長。炎は最早眼前にまで迫り、いつ信長に火がついてもおかしくはない。
「明智は…殿の後を継げますでしょうか?」
濃も蘭丸も、信長同様に、いつ引火してもおかしくはない状況にいる。しかし濃の声は、いたって涼しげだ。
「否。彼奴では、器が足りぬ」
「では、誰が?」
「おそらくは、猿」
「やはり羽柴が」
羽柴秀吉の、屈託のない笑顔が脳裏に浮かぶ。猿顔で明るい性格だが、戦となれば正に鬼神の如き活躍をする男だ。
「徳川も侮れん。奴こそ街道一の弓取よ」
信長は唇の端を吊り上げ笑うと、濃と蘭丸に向き直った。
「真に熱き時代に生きたものよな」
信長の背に火がともる。濃と蘭丸も、既にその衣は赤く燃え盛っていた。
「…互いに、その死に様を見届けよ」
…御意に…。

人生五十年
下天のうちに比ぶれば
夢幻のごとくなり
ひとたびこの世に生を受け
滅せぬもののあるべきか

終わり


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