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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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ハナツバキ@-3

怒ったり黙ったり泣いたり、さっきからなんて面倒くさい女だろう。なのに何で…
「一緒に行く?」
何でこいつは手を伸ばしてくれるんだろう。
思わぬ誘いに、垂れかけた鼻水をずずっと勢いよくすすった。
「行く!助けた後であの女に説教してやる」
「おぉ、してやれしてやれ」
軽く押された背中からは心地良い熱が伝わりじんと痺れた。
この感覚知ってる。
嬉しいと切ないが混ざったこれが何と言う感情に当てはまるのか、今までの経験から簡単に理解できた。
ただ、あっさり認められるほどあたしは素直にできてない。
「お前あの男に騙されてるんだよ!絶対悪人だろうが!!」
元彼がそう叫んだのはあたし達が近付いた瞬間だった。
『稲葉の悪口』
キレるのにそれ以上の理由はいらない。
「耕平君は悪い人じゃない!!」
当然最初に言い返したのはすずちゃん。
「そうだ!元彼ごときが稲葉の悪口言うな!!何も知らないクセにっ!!」
これはあたし。
「いつまでも元カノを追っかけてるような小せえ男が稲葉を馬鹿にすんな!出直してこい!!」
更に激しく付け加えたのはちくん。
普段滅多に大声を出さないのに、顔も声もマジじゃないですか…。
「椿ちゃん、すずちゃん、帰るよ」
言うが早いか、ちくんはあたしの右腕と初対面のすずちゃんの左腕をガッチリ掴むと呆然とする元彼を睨んで足早にアパートの階段を駆け上がり、その勢いのまま稲葉の部屋の鉄製の扉を『ガァンッ』と蹴った。
「稲葉ぁっ!!」
そして怒鳴る。確かにインターホンのないおんぼろアパートだけど、そこまでしなくても聞こえるよ。
中から慌てる足音が近付いてきてドアが開いた瞬間、
「耕平君!」
吸い寄せられるようにすずちゃんは稲葉の元へ。
「お帰りなさい、お揃いでどうしたんですか?」
どうしたって言うか…。
『稲葉の悪口言われて腹が立ったから反撃してたの』なんて本人を目の前に言えない。恐らく全員同じ考えなんだろう、お互い顔を見合わせて小さく笑った。
「なんなんですか」
「何でもねぇよ、気にすんな」
一番真剣に怒ったちくんが照れくさそうに言う姿はどこか微笑ましい。
「よく分かんないですけど、せっかくだから中へどうぞ」
「えっ?」
邪魔しにきたのに、招待?
忘れてた。稲葉って本当にいい奴で、家まで来た人間を迷惑がるわけない。むしろ歓迎してくれる。そんな稲葉をすずちゃんは愛おしそうに見つめる。
とんっとちくんの肘が当たった。目が『帰る?』って言ってる。『大丈夫』という意味を込めて笑った。無理はしてない、あたし大丈夫だ。
一緒にいる2人を見たら絶対傷つくと思っていたのに、すぅっと気持ちが退いていくのが分かった。
「じゃあお邪魔しちゃおっかな」
明るく振る舞うのもわざとじゃない。
稲葉がすずちゃんを見る目はあたしが一度も見た事のないモノ。それだけでかなわないのが分かったからだ。

稲葉は何やら作業中で、食卓を囲むあたしとちくんにすずちゃんは冷蔵庫から珈琲牛乳と小瓶に入ったガムシロップを出してくれた。
「これ耕平君が作ったんですよ」
とグラスに注ぎながら好きな人の話を始める。
「一人暮らし始めたら友達呼んで一緒にご飯を食べたかったそうです。でも顔のコンプレックスが邪魔して誘えなかったって。みんなに好かれてるのに自分では世界一の嫌われ者だと思ってたみたいですよ。だから今の耕平君の顔、すごく幸せそう」
まるで自分の事のように語るこの子が選ばれた理由が分かる気がする。
あたしだったらこんな風に話せない。
素直に自分の意見を口にできる事が稲葉に好かれてる事より羨ましかった。
それにあの犯罪者顔を幸せそうと言い切るなんてただ者じゃない。


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