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『サヨナラの代わりに』
【その他 官能小説】

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『サヨナラの代わりに』-3

 くたびれた黒革のカバンの中敷きの下からキーホルダーも付いていない合鍵を取出し、静かに玄関扉に鍵を掛ける……

フーッと一つ深いため息をつく……そして……


……サヨナラの代わりに……


いつもは同じ場所に戻す合鍵を……扉の中程に開いた郵便受けの中に……

僕の指先からこぼれ落ちた合鍵がゆっくり吸い込まれ……カタッと郵便受けの底を打つ音が夜更けの廊下に寂しく響いた……


美穂のマンションを後にした僕は、駅までの道を肩を落として歩いていた……

スーツの内ポケットから二つ折りにされた紙片を取出し、暗転の空を仰ぎ観る……

葉書大の紙片には……「第二資料室室長の任を命ずる」の文字の後に社長の名と社印判が押されていた……

社内では独房と呼ばれている、完全なる閑職への左遷である……カビ臭い書類に囲まれた、窓もない空間での軟禁状態……

……僕より役立たずは他に沢山居るはずなのに……心の中で叫んでも……無機質な文字が変わることはない……



 僕の人生を支配する薄っぺらの紙切れを、小指の爪程の大きさにちぎりながら、線路沿いの夜道を歩く……駅に着く頃には、僕の手のひらの中の紙切れは無くなっていた……


終電間際のホームには、人影も疎らであった……ポケットから傷だらけの携帯電話を取出し、逆方向に壊し折り……首に絡み付いていたネクタイと共に、ホームのごみ箱の中に投げ入れる……

少し離れた場所で赤ら顔の学生が、僕の行動を不思議そうな眼差しで見つめていた……


ホームに電車が滑り込み……帰路に向かう乗客を吐き出した後の閑散とした車内……いつもとは逆向きの列車に乗り込んでいた……



……僕は僕の人生を終える時……誰かを愛した事を思い出すのだろうか?誰かに愛された事を思い出すのだろうか?……

そして……それは誰なのだろう……

車窓に写し出された僕に問い掛けてみたが……返事が返ってくることはなかった……


日本が戦争に敗けて六十一回目の夏……僕が産まれた時と同じ様に、熱い一日が終わろうとしていた……


……おわり……


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