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夜宴
【SM 官能小説】

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夜宴-12

朝の太陽は秋を含んだ空の色を背景にくすんだ光に翳っていた。深く吸って吐いた煙草の煙が朝の冷気に溶けていく。Y…医師はタバコを吸い終わると部屋に戻り、ゆっくりと窓のブラインドを降ろした。そして部屋を出ようと扉のノブに手をかけたときだった。
彼の背後で誰かの気配がした。振り向くと、老いた女性が壁の大きな鏡の中に佇んでいた。女性は《確かに鏡の中》にいた。見覚えのある顔は静代夫人だった。鏡の中で彼女は黒い下着姿で薄く笑っていた。そのとき窓の外のすべての音と光が閉じられ、彼は鏡の中の夫人の視線に吸い込まれていった……。

自分がどこにいるのかわからなくなる。まるで静代夫人が映っている鏡の中に自分がいるような錯覚に襲われる。夫人の姿が不思議な亡霊のように感じられる。どこからか聞こえてくる彼女の囁きが彼の中に隠されている遠い記憶の重さをくすぐり、性的な何かを疼かせた。まるで彼女に催眠術をかけられたように彼はふと足を踏み出したとき、鏡の中の夫人の像がにわかに歪んでいく。《実像》はあるのに、その像の記憶が霞んでいく。

いったい………いったい彼女は誰なのか………。

首輪をされた黒い下着姿の女はうつぶせにされ、拡げたほっそりとした手足をベッドの端々に縄で縛られている。見覚えのある首輪。でも女の顔は誰なのか思い出せない。目の前の、今そこにいる《現実の女》なのに、遠い記憶の中の女のように見えてくる。
どこからか降りそそいでくる淡い光は、ベッドの上の女の白い背中を闇から浮き上がらせ、その闇の中にはいくつもの眼が揺らぎ蠢いている。それはまるで森の暗闇に潜む獣の眼のようだった。

 ビシッ、ああっ……………
 女のしなやかな背中がのけ反り、蛇のような鞭の表面から、かさかさと鱗が零れるような音がした。黒い下着の中の白磁のような肌が翳り、女の虚ろでしなやかな肉感が澱んでいる。美しく頬がゆがみ、口紅をひいた唇がつやつやと煌めき、嗚咽が涎のようにほとばしる。

 ビシッーー、ビシシッーーー、うっ、うぐっ……あぐぐっ………

 鋭く空を切った鞭が女の体を打ち叩く。白い太腿の内側に、芳醇に匂い立つ肉が張った尻に、しなやかな背中の翳りに、連打する鞭の音が蝶のように舞う。女の咽喉がのけ反り、艶やかな黒髪がさざ波に浮かんだ藻のように乱れる。黒い下着が乱れ、裂かれ、烈しくたわみながら弾ける女の肉体。むっちりとした太腿がよじれ、透けたベールのような黒い下着に包まれた尻の深い切れ筋が息を涸らしている。下着が剥げた女の白い背中には、薄らとした幾筋もの鞭の痕が浮きあがっている。

ふと、鞭を手にしているのが彼自身であることに気がつく。遠い過去にいるような自分。いったい、いつの自分がその女に鞭を振るっているのか。その時間の感覚は失せていた。なぜ自分がここにいるのか。闇の中に獣の眼を含んだこの場所はいったいどこなのか。
不意に彼の脳裏に夜宴という言葉が浮かんでくる。ここは間違いなく夜宴の場所だった。ふたりをとり囲んだ獣たちの視線が暗闇の中からふたりの姿に浴びせられ、囁き声や密かな笑い声さえ聞こえるような気がする。
目の前の女の肉体に烈しく鞭を浴びせ、責め立てることで、なぜか彼のありのままの欲望とすべての記憶が覚醒していくような気がした。もしかしたら彼女は彼が愛していた女だったのかもしれない。いや、今もまだ愛している女だからこそ、こうして彼女に対して鞭を振り下ろすことができるのだと。
やがて自分の心が、記憶が、欲情が、その何もかもが、喘ぐ女の荒々しい呼吸に濃密に吸い込まれていく。乱れた黒髪、麗しい瞳、薄い笑いを秘めた唇、しなやかにゆらいでいる背中の翳り。彼の中の空洞に獣のような淫欲が湧き上がり、あらゆる性の感覚が甦ってくる。そして、その感覚は彼の忘れられた欲情をくすぐり、息を潜めていたものに呼吸を与え始める。

 不意に、握り締めた鞭が彼の手からもぎ取られる。女の肉体が彼の前に放たれ、女の腕が彼を引き寄せる。女が悪意に溺れたような微笑みを見せ、澱んだ水の中から浮き上がるように女の顔と肉体の輪郭が露わになってくる。そしてみるみるうちに彼女の髪が白く変わり、顔や肉体が艶やかさを失い、肌に皺を刻んでいく。時計の針が急速に早回りをしていくように女はどんどん老いていく。
女は静代夫人だった。その老いた顔に、彼は《誰かの記憶》を重ねるようにますます魅了されていく。彼は夫人の肌に薄らと浮いた鞭の痕に唇を触れた。何かの懐かしさが込みあげてくる。夢中で彼女の肌を愛撫した。背中、尻、そして腿のあいだを。鞭の痕を自分のものとして吸い取るように。夫人の視線に吞みこまれていく彼の体が、まるで果肉の皮のように剥がされ、深く暗い沼に浸されていく。彼は身体の芯に夫人の甘美な侵食を感じた。彼女にもぎとられ、蝕まれていく彼の肉体。そこは確かに夜宴の暗闇の中だった………。



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