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『夕子〜島の祭りの夜に啼き濡れて…〜』
【その他 官能小説】

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『夕子〜島の祭りの夜に啼き濡れて…〜』-4

2章 記憶

「夕ちゃん!夕ちゃん!」
 夕子を数人の男子児童が囲み、はやし立てる。唇を真一文字に噛み締めた夕子。輪を抜け出た夕子が、厳しい形相で坊主頭の朝一に近付いて来る。
「みんなの前で“夕ちゃん”って呼ぶなって言ったろ?」
 狼狽え、言葉もなく、苦い笑みしか朝一には、なかった。
「ええじゃんか、いとこなんやろ?夕ちゃんと朝ちゃんは」
 夕子の背後で一際大きな笑い声が起きる。
「ねぇ夕ちゃん」
「なぁに朝ちゃん」
 おどけた声に、どっと周囲が笑う。顔を真っ赤にし、拳を震わせ、夕子が吐き捨てる…
「いとこなんかじゃ、いとこなんかじゃない!」
 皆が静まり返る。夕子の目から涙が、落ちていた。走り出す夕子。誰もがバツの悪い顔で、見えない空気を目で追っていた…。

 煙草を揉み消して朝一は車の向きを変える。歩道と車道の境すら明確でない、海岸沿いの道を走る。対岸の大谷島。港辺りにはそれとなくビルが増えているのが分かる。島向こうの中谷島は、マリンレジャーやアウトドアのブームにうまく便乗した。同じ海なのに、観光客の数は小谷島と桁違いだった。変わらないものが、ここにあった。変われないものだけが、ここにあった。緩やかなカーブを過ぎたところで、1台の車と擦れ違う。“夕子…”ミラーの奥に、夕子の運転する軽自動車が消えてゆく。いとこ。幼なじみ。同い年。いつも一緒に過ごしていたと思う。子供の頃のアルバム。夕子が居ない写真を探すほうが難しいくらいに…。昨夜再会した夕子の物腰の柔らかさが、朝一の中に刻まれていた…。

 前夜と違って、ひどく静かな夕食。言葉少なな父と、用事ばかりこなしてる母。
「夕ちゃん、呼んであげたら?独りなんやろ?」
 父は生返事をし、母は聞こえていないのか何も返さない。
「おばさん、長くなりそうなんか?」
 父は
「心臓だからな」
 とだけ答え、ビールを一気に飲み干し奥の部屋へ消えた。水道の蛇口を閉めて、母が大きな息を吐く。居心地の悪さが朝一の胸を突く。
「出てくる」
 朝一が立ち上がる。
「行くなや」
 強い母の声が朝一を刺す。
「…夕ちゃん…ところ。行くなや、朝一。」
 恐いくらいに。念を押さんばかりに。母が呟く。蛇口が再びひねられる。
「夕涼みよね、ただの」
 母の突然の様相の変化に、朝一は重苦しさを胸に抱え、夜の闇を歩き出す。

 煙草がひどく苦く感じた。海岸線まで出て、そのまま朝一は浜に下りる。砂浜に煙草を埋めて消し、波音に耳を傾ける。母の恫喝。心の何処かで怯えている自分に、朝一は気付いていた。母が知る筈のない、胸の奥の遠い記憶…。中学の時、台風が島を直撃した。大人達は港に山に走り回っていた。消防隊だけでは手が足りず、大人達は手分けをしてお年寄りを避難させたり、炊き出しに追われた。夕子が朝一に家に“逃げて”きたのは、雨も風も一番激しかった午後。朝一の両親も、夕子の母も、すぐさま港に向かった。坊主頭でなくなった朝一と、少し髪の伸びた夕子。暴風雨が窓を叩いていた…。

 夕子を避けるように自室に上がっていた朝一も、さすがの暴風雨に不安が募り、階下の居間に身を寄せる気になった。狭い階段。テレビの音が聞こえる。居間の隅で、夕子が横になり眠っていた。緩やかに…腹部が呼吸に隆起を繰り返す。雷雨の中の寝息。少女から女性への膨らみ。朝一の胸の高鳴り。雷鳴。摺り足で夕子の脇に立ち、息を飲んで膝をつく。閉じた目。濡れたままの髪。背を窮屈に折り曲げ、顔を近付ける。寝息を鼻先に受け、心臓が破裂しそうに鼓動を刻む。込み上げる感情の正体も分からないまま。唇が、触れる。唇が、重なる。数秒。時間が止まる。稲光り、遅れて雷鳴。息を吐き出すように、夕子から離れる。血液が沸騰したかのように、朝一の胸を掻きむしる…。

 少年の晩夏に刻まれた、罪の意識と唇の柔らかさ。誰も知らないこと。誰にも言えないこと。朝一は自身の胸に、夕子の寝顔と唇をしまい込んだ。あの日のまま…。少年の晩夏に刻まれた、夕子という存在。朝一は新しい煙草に火を点け、沖の漁船の灯りを見つめる。頬に残る睦美の唇の温もり。記憶に蘇る夕子のあの日の唇。首筋に落ちる汗を手で拭い、薄紫の煙りを満天の星空に向けて吐き出す。ポケットで携帯が鳴る。メール。受信。睦美から…。
『明日の提灯祭り、ちゃんと送ってよ』
 朝一の全身に、睦美の柔らかな体の感触が思い出される。滑らかな、肌。柔らかい、髪。小さな、喘ぎ。
『わかってるよ』
 の言葉と顔文字の笑み。携帯を折りながら朝一は大きく息を吐いた…。


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