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触覚
【SM 官能小説】

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触覚-7

 ぼくには目の前の男と雪乃さんがつき合っているという理由が理解できなかった。何よりも彼女がこの男と《そういう関係にある》こと自体が不思議だった。
雪乃さんの姿が脳裏の中でゆがみ、朧に霞んでいく。
「男と女が、ただ、愛し合っていると思い込んでいるあいだは、ふたりの関係は《互いの外側》にあります。この意味に誰も気がつかない。愛を囁き、愛を感じ、愛に癒され、たとえセックスを交えたとしても」
「きみは雪乃に恋をしたときから、彼女から疎外されているのです。疎外されていることできみは自分に立ち戻れる。きみはそのことに、すでに気がついている。そう私は思っています」
 Y…は煙草に火をつけ、深く吸い込んで言った。「自分でも気がついているでしょう、きみの姿がどんな風に変化しているか、自分の眼が何を見ようと欲しているのか……」
「それはいったいどういうことでしょうか」
「きみの目が、自らの感傷だけを見ようとしているということでしょうか」と男は言った。

 そのとき、不意に下腹が突き出た巨体の男が店のガラスの扉の前で中を覗いていることに気がついた。肩幅の広い太った男は剃りあげた頭に光沢を滲ませ、薄いサングラスをかけていた。男はどこか落ち着かない様子で店の中に入ってきた。ぼくたちの方に一瞬、視線を注ぎ、何か安心したように一番奥の席にどっさりと巨体を沈めた。
 Yはちらりとその男の方に顔を向けたが、ふたたびぼくの方を向き直した。
「あのホテルは男が女を痛めつけて快楽を得る場所です」とY…はぼくに言った。
 ぼくはそのホテルがそういう場所であることを薄々知っていた。
「あのホテルは、実にいい場所にあります。誰にも見られることになく中に入れます。それに部屋は女性を苦痛と恥辱を生み出すためにとてもよくできた密室になっている。どんな悲鳴も泣き声も洩れることはない」
「あの人は、そこにやってくることになっているのでしょうか」
 雪乃さんがそういう場所に来ることが、ぼくには想像ができなかった。
「ええ、今夜も彼女は私を迎えるためにホテルの部屋で、すでに生まれたままの姿になって待っているはずです。そして部屋にある犬小屋のような鉄檻の中に入り、自ら鍵をかけ、檻の中からその鍵を手が届かないところまで放り投げる……」
「あなたがその部屋に行かないかぎり、あの人は檻からも出ることができないわけですね」
男はゆっくりと煙草を吹かし、微かに笑いながら言った。
「私がその部屋に行くとは限りません」
彼は深く煙草を吸うと、さりげなく奥の席に座った巨体の男に目を向け、ぼくの視線を男の方に誘った。
「あの男は、私から雪乃が待っている部屋の鍵を受け取るためにここにやってきました。どういう意味なのか、おわかりですね」
ぼくはとても息苦しい気持ちになる。
「彼は玄人のサディストでね。おそらく私以上の……」と言ってY…は苦笑いを浮かべた。
「雪乃にどんなことをしてもいいと彼に言っています。もちろん、彼女もそれを承知している。なぜなら、彼女は私の所有物であり、彼女があの男に従うことは私の命令だからです。ただし、あの男には、雪乃をどんなに虐げてもいいが、セックスだけはゆるしていません、それは私が彼に与えた唯一の条件です」
彼はそういって笑みを浮かべた。そして席を立ち、巨体の男のところへ歩み寄ると何かを囁き、ズボンのポケットから取り出した鍵を男に渡した。男は淫靡な笑みを浮かべると小さく頷き、店を出て行った。
彼は、ぼくの前の席にふたたび戻って来て言った。「しばらく、きみといっしょにここで待たせてもらっていいでしょうか……あの男が雪乃との行為を終えるまで」
《行為》という言葉の響きはとても卑猥に感じられたが、それよりも次の言葉の方がぼくには息苦しく重く感じられた。
「あの男の行為が終わったら私はあの男と入れ替わりに雪乃の部屋に入ります。そして痛めつけられた雪乃を抱きます。恥辱に晒され、鞭が刻まれ、痛めつけられた女ほど私の性欲をそそるものはありません。ましてや雪乃の肉体となると……」と言って彼は笑った。
「ぼくには理解できません。少なくとも彼女を愛しているあなたが、他の男に雪乃さんを痛めつけさせて、その彼女を抱くということが」
「お互い愛し合っているからできることです。そう……あの男は彼女を痛めつけるためだけの男であり、雪乃は私に抱かれたいという欲望のためだけにあの男に体を晒し、痛めつけられます……」

 それはとても長い時間だった。Y…はテーブルの上にパソコンを拡げ、少し仕事をさせてもらいますとひと言だけ言うと、ぼくを無視したようにパソコンの画面に集中し、キーボードの上で目まぐるしく指を動かしていた。ぼくは彼から目をそらし、ただ目の前に広げた本だけに目を注ぐが、ひとつの文字も目の中に入ってこなかった。
 時計の針は刻々と時間を刻んでいく。針は追いついていけないほど早く、ぼくの心を息苦しくねじりあげていく。あの人の嗚咽と悲鳴が聞こえた。彼女の白い肉肌が、巨体の男が振り降ろす鞭で生きた魚のように飛び跳ね、ゆがみ、しなった。その憧憬が、虫になったぼくの眼の中で煌びやかに燦爛(さんらん)していく。


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