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ドッペルゲンガーの恋人/過去からの彼女(官能オカルト連作短編)
【幼馴染 官能小説】

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海月の捕食された日-1

1
 ホテル担当のアヤが茶飲み話にと、シュークリームを届けに行ったら、サリーナが壁とベッドの間の隙間の隅っこで、丸まり頭を抱えてブルブル震えていた。しかも小便まで漏らしてしまっていたようで、ほのかなアンモニアの臭いまで漂っている。妙に酸っぱいのはたぶん胃液を戻したせいだろう。精神的事情で拘禁症状を起こしかけている。

「こ、壊れる、裂ける! うああ辛いんです。もうやめてください。やめて、もうやめて、許して、許して、いやだ、殴らないで。いやだ、いやだ殴らないで。なんでもしますからもう殴らないで、逆らわないから、謝りますから優しくしてください、ううぅ」

 ネメシス号(復讐列車)の女車掌にも弱点はある。
 サリーナは普段の大人びたクールさでやや高慢ですらある雰囲気は何処へやら、まるで怯えきった子供のような具合でブツブツ呟いて。金糸の混じる栗毛の頭をわななく両手で押さえ、氷のような碧眼ブルーの瞳がプルプル動揺に焦点も定まらない。

「うっ、うっ、殺さないで殺さないで、ううー、壊さないで。やめてください。命が惜しいです命が惜しいです! 痛いのヤダ、怖い、しゃぶりますから、おしゃぶりしますから許してください。股開いて懺悔します懺悔します、悔い改めて犬でも便器でも成りますから、なんでもしますから、あああ勘弁してください」

 この娘は気丈に見えて、たまに過去のフラッシュバックに苛まれることがある。
 つまり地上での生前の死亡時の出来事がトラウマになっているのだ。
 普通に輪姦されただけでなく、拷問のような痛めつけるやり方でヤクザ・マフィアに嬲り殺されたとか。半ば勘違いが原因の「復讐」でトカレフ拳銃を乱射し、七人射殺して五人を負傷させたのだから、その制裁と報復で壮絶に悲惨な目に遭わされたらしい。

「大丈夫? サリーナさん」

 二宮アヤは生菓子の紙の箱をベッドの上に置いて、サリーナの頭を撫でた。
 まだトラウマの発作が治まるようには思えない。
 そういう話は聞いていたし、何度か調子が悪くて同僚コンビだったカリーナに介抱されている現場に出くわしたこともある。
 ただ、コンビのカリーナは既に引退して(現実世界に帰ってしまったので)ここにはいない。

(なんか虫の知らせがした感じだったんだけど)

 そんな不穏な予感が的中したものらしい。
 ついこの前にネメシス号の同乗職員のカリーナの引退でシングル部屋に移り、この白人ハーフのサリーナ(サリナ、愛称はサーシャ)が二宮アヤのお隣りになったので。
 ちょっとお菓子食べながら世間話でもしようかと思ったら、この有様。これまでは相部屋でコンビのカリーナがいたのだが、今では一人なのである。
 とりあえず抱き起こして、落ち着かせようとするけれども、サリーナの目は何も見ていない感じで、ひたすら心の中の絶望トラウマにのめりこんでいる。やはり慣れているカリーナのようにはいかないようで、アヤが抱きしめてもブルブル震えて泣き出すだけ。
 あるいはアヤは妹(末っ子)キャラクターであるだけに、可憐な美少女としては完璧でも、逆にカリーナ(生前に弟がいた)に比べて「母性」の類は足りないのかもしれなかった。微妙な要素の差だけでも、こんなときに予想外に無力だったりする。
 ともあれサリーナを安心させるには何かが足りないのだ。

「ああ、いやだ、いやだ、もうこれ以上はいや!」

 急にもがいて振り飛ばされ、アヤは尻餅をついてしまう。女性としては大きく力も強い。サリーナは自分だけのトラウマ世界に入っていて手のつけようがない。
 そこでアヤはちょっとだけ考えて携帯電話を取り出した(形は携帯電話だけれども、機能や仕組みは駅の内線トランシーバーに近い)。
 あいにく途野磨乃(と鵺)はオルペウス号の職務に出ている。

「海月(かげつ)、ちょっと来てくれない?」

 電話で呼びつけたのは同じ職員の少年だ(姿や形は中学生くらい?)。同じ駅施設構内でそんなに距離はないからすぐにやってくるはずだった。
 彼は彼女たち二人よりやや未来の時代の出身で、鵺(ぬえ)と同じ時期の人間でラグナロク最終戦争ではその弟子・助手だったそうだ(もっとも鵺は何度か転生しているため、オルペウス号の相方の途野磨乃とも同時代に生きていたことがあるそうだが)。
 しかもアヤとカリーナ(しばらく前にメトロを引退済み)にとっては血縁のある親族でもある。それで海月はアヤを「ばーちゃん」呼ばわりしては、「お姉ちゃん、でしょ?」と二人から何度も訂正されていたものだ。ただし彼が自由に歩きまわれるようになったのは、カリーナが引退して現実世界に戻り、「因縁の輪」が確定してつながったごく最近のことである。


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