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蜜戯
【SM 官能小説】

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蜜戯-15

「ぼくと彼女がどんなことをしていたかわかるはずです」と彼は静かにわたしを見つめて言った。
遠い時間と現在が混在し、時間の軸が崩れ、疑問だけが渦を巻いてくる。その疑問はわたしにとって耐えがたい疑問であり、とても残酷なものだった。
「彼女は、とてもあなたに似ていると思います」
 わたしは自分の動揺を抑え、咽喉の震えを呑み込むように言った。
「と、とても……わたしの若い頃に似ているわね」ようやく咽喉の奥から絞り出した言葉だった。
 五十年以上も前のわたしが、今、目の前にいる彼の恋人になりえるはずがない……わたしは冷静さを取り戻そうとしていた。
「ぼくたちは愛し合っていました。その愛を確かめるために、ぼくたちはこういう関係を続けていたのです」
 《わたしである写真の中の女》と彼がどんなことをしていたのか……薄靄に包まれた遠い記憶は見えそうで見えなかった。わたしが、わたし自身の遠い記憶を鞭打つような音が聞こえてきた。
「でも、彼女は亡くなりました」と彼は言った。
「死んだ……こ、この女性が亡くなったというの……」胸の奥を針で掻くようなわたしの声だった。
「でも、ぼくは彼女がどこで死んだのか、どんな死に方をしたのか、ほんとうに彼女は死んだのかさえわからないのです。もしかしたら、ぼく自身が彼女を殺したかもしれないとも思っています。彼女を誰にも奪われないために」と言って彼は写真をバッグの中に大事そうにしまった。
 彼はじっとわたしを見つめると頬に指をあて、愛おしくキスをした。まるで自分の恋人のように。そして軽く会釈をして部屋から出て行こうとしたときだった。
まさか、彼の唇からそんな言葉が発せられるとは思いもしなかった……。

―― もしかしたら、ミヅヨさんとぼくは、遠い昔に、すでに亡くなっていた存在かもしれません。

それが彼の最後の言葉だった。彼は次の予定日も、その次の予定日も、わたしの家に来ることはなかった。
わたしは亡くなった夫の若い頃の顔を思い出そうとしたができなかった。夫と彼の顔が重なり、遠い時間に愛撫される記憶が靄で包まれ、朧(おぼろ)なものだけが込みあげてくる。
わたしは迷いながらも葉書に書かれてあった施設を訪れた。もちろん彼に会うためだった。
「申しわけございませんが、そういう名前の男性の介護福祉士はうちの施設にはおりませんし、訪問でお客様のお世話をするサービスは行っておりません。何かの間違いではないでしょうか」
窓口で応対してくれた中年の女性は、忙しそうに書類をめくりながら冷ややかに言った。
わたしは返す言葉もなく、その場に茫然として立ちすくんだ。そのとき、たまたま傍に来た車椅子の老人が不意に呟いた。
「懐かしい名前だね。わしが若い頃、この施設でいっしょに働いていた男の名前だ。でも、それは彼のほんとうの名前じゃない。彼は自分のほんとうの名前を明かさなかったからね」
 え、いったいどういうこと。老人はいつ頃の話をしているの。わたしは老人の顔を見ながら戸惑いを隠せなかった。
「ああ、彼のことは、はっきり覚えているよ。彼が亡くなって、かれこれ五十年以上になる。わしは詳しいことは聞かなかったが、なんでも彼の恋人の首を絞め、自分もまた自殺したらしい噂だったね。とても悲しい事件だった……」と老人は遠い記憶をたどるように寂しげな眼をしてつぶやいた。


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