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形姿(なりすがた)
【SM 官能小説】

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形姿(なりすがた)-5

十数年前、タダオと別れた直後だった。わたしはあるSM雑誌の緊縛写真のモデルに応募した。その頃、特にSMに関心があったわけじゃない。まだ若かった。ただ、興味本位に縛られた自分の姿を見たかった。長い髪を背中で束ねた中年の緊縛師は、まるでわたしのどこを縛ればきれいに見えるか、すべてを知っているように淡々とわたしを縛り、若いカメラマンは、縛られたわたしの、一瞬の表情も見逃すことなく、カメラのシャッターをきった。
廃屋で縛られたわたしの写真は雑誌に掲載され、今でもその写真を眺めることがある。少なくともあのときは、縛られた自分に酔っていたような気がした。でも、その写真は、ただ、わたしが《誰かに縛られた》写真だった。そこには《わたしを縛った相手の顔》は見えなかった。そう思ったときから、身も心も縛ってくれる誰かの影を追いかけようとしていた。でも、その影はわたしからふっと逃げ、逃げたかと思うと、いつのまにかわたしの中でじっと潜んでいた。それが誰なのかわからなかった。
自分の顔を隠すように化粧を施した緊縛写真の中の自分の顔が、ほんとうに自分なのかわからなくなった。おそらく誰が見てもわたしだとは気がつくことはないだろうと思いながらも、いったい誰を自分が追い求めているのかもわからなくなっていた。
雑誌が発刊されてすぐのことだった。わたしは緊縛師の中年の男に誘われ、彼に抱かれた。男は、わたしの期待を裏切って縄を手にすることなく、わたしを抱いた。わたしの肌に触れてくる指は、縄を操るあの指ではなかった。痩せた男の肉体の中心は、堅く、太く、長く、まるで異物のようにそそり立ち、わたしをつらぬいた。縛らないわたしでも、彼は抱くことができるのだと思ったとき、わたしは男に失望した。


日曜日の夕暮れ、いつもの喫茶店にご主人とわたし以外に客は誰もいなかった。店主の老婦はカウンターの隅で何やら書き物をしている。
「かおりさんは、縛られたことがありますか」とご主人が言ったとき、彼のスーツケースに対するわたしの予感はとても濃くなっていた。
「ご主人は、そういうご趣味があるのですか……」とわたしは上目遣いに思いきって言った。
彼は笑った。その瞳はわたしの言葉を、肯定も否定もしていなかった。
「実は、かおりさんが縛られた写真を、ぼくは古い雑誌で見たことがあります」
わたしは驚いて、ご主人の顔をじっと見る。
「おそらくあなたの写真だとは誰もわからないでしょう。ぼくもあなたに初めて会ったとき、誰かに似ていると思っていましたが、まさか雑誌の中の女性があなたであるとは気がつきませんでした」
やっぱりそうだった。そんな古い雑誌が今でも残っていることが不思議だったが、ご主人はそんな雑誌を手にする趣味があるのだ。わたしはご主人の心の奥底をのぞいたような気分になる。ご主人の視線がもっとわたしの身体に近くなったような気がした。それは恥ずかしさというより、どちらかというと快感に近かった。
「いえいえ、あなたをそういう女性として見ているわけではありません。でも、ぼくはあなたの《かたちらしき姿》を見たような気がします」と彼は言った。
 ご主人の言葉に、わたしは微かな戸惑いを感じ、珈琲カップを手にして小さく啜った。
「写真の中の女性が、仮にあなたでなかったとしても、少なくとも、あなたのかたちには見えたのです。でも、それはぼくの独りよがりの感傷だと思ってください」
 はぁ、カンショウっていったいどういうことなの。
「とてもきれいな写真でした」
「縛られたわたしのどこが一番、きれいだと思いましたか」
 ご主人の視線がわたしの身体の輪郭をなぞり、隅々まで入り込んでくる。ご主人はじっと考え込んで言った。
「縛られた足首です」
 意外な答えだった。さらにご主人が口にした言葉がわたしを戸惑わせた。
「縛られたあなたの足首を、ぼくはとても愛おしく感じました」
 そう言えば、初めてご主人に会ったとき、彼はわたしの足首を見ていた。
「それって、ご主人がエムだと言うことをおっしゃっているのですか」自分でもよそよそしく思える変な敬語だった。


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