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形姿(なりすがた)
【SM 官能小説】

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形姿(なりすがた)-4

 その夜、わたしは眠れなかった。結局、わたしはご主人のスーツケースの中身を見ることはなかった。ご主人は亡くなった女性とどんなことをしていたのか……ご主人は、Sか、エムか……いずれにしても、ご主人は、きっと《そういう男》なのだという疑念は尽きることのない思惑へと仄かに変わっていく。
パジャマの中の自分の胸に触れた。自分のものでないような乳房だけが深い眠りについているようだった。下腹部へ滑り込んでいく手が草むらを這う。微かな湿り気を指に感じる。草むらに埋もれたところが指に触れる。そのときわたしは、その指が自分のものでなく、ご主人の指であればいいとふと思った。
下半身の肉の合わせ目の様子をうかがっているご主人の蒼い瞳が脳裏に浮かんでくる。じっと息を殺して、かたちのないわたしの空洞を探るように覗かれていることを想うと、わたしは身動きできなくなるほど戒められ、苦しくて、うれしくて、濡れてくる。
空洞を探り、奥のやわらかい部分に挿入されてくる指は、わたしのかたちを模索するように襞をつねったり、掻いたり、ひねりあげたりしながら、どんどんわたしの中をつらぬいてくる。それはきっとご主人の指にちがいなかった。わたしはもうご主人のものだった。ご主人にどんどん追いつめられ、もしかしたら、ご主人はもっとわたしに責め苦を与え、虐げ、わたしをかたちにするかもしれない。そう思うと、わたしの中の痙攣は肉奥から、からだ全体に木霊のように拡がっていく。

その日は会社が休みだったので、早朝からお風呂に時間をかけてゆっくり浸かり、ときどき裸のまま浴室の外のバルコニーに出て涼む。
昨夜は、ベッドの中で悶々としているうちに、いつのまにか眠ってしまったらしい。朝起きたとき、自分がどんな夢を見たのか、思い出せないことにわたしは戸惑った。ご主人の姿も、わたしのかたちも、夢の感触として微塵も残ってはいなかった。
高台にある十二階建てのマンションの十階にあるわたしの部屋が覗かれるようなところはまわりに何もなかった。コンクリートの手すりが胸まで隠してしまうので、もし誰かが見ていたとしてもわたしが全裸だなんて思わないにちがいない。いや、そもそも四十歳の独身女の裸なんて、他人の目にどういうふうに見えるのだろうなんて、意味のないことを考えてしまう。
七月の青い空と階下に拡がる見なれた風景があまりに遠くに見えた。
ふとご主人の言葉が浮かんでくる。でも、どうしてご主人がそんな言葉をわたしに言ったのかわからない。
……生きているあいだには、けっしてゆるしたくないことってあると思います。もっとゆるせないことは、ゆるせないと思い続けている自分をいつのまにかゆるしていることでしょうか。かおりさんはそんな優しい顔をしているような気がします。

母は七年前に亡くなった。父はわたしが中学二年生のとき亡くなった。しばらくわたしは母と二人暮らしだったが、父が亡くなって二年後、母はわたしと離れて男と同棲を始めた。その母の相手の男がどんな男なのか、顔も見たこともない。ただ、亡くなった父との過去を見捨てたように男といっしょにいる母がゆるせなかった。わたしは近くに住んでいた叔父夫婦のもとで高校に通ったが、その高校も途中で辞め、家を出た。
母と再会したのは死の直前だった。十年ぶりに再会した母は病床に臥していた。わたしは母の枕元にわたしが初めて作った陶器の小壺を置いた。蓋の付いた薬壺(やっこ)とも見える小壺は掌で包めるくらい小さなものだった。でも、なぜ、そんなものを置いたのか自分でもわからなかった。母とわたしのあいだのある《かたち》を密かにその小瓶の中に残したいと思ったけど、母の顔を見たとたん、やっぱり何も入れるものはないと思った。母との遠い記憶さえも。
ベッドの中の母は虚ろな眼をしていたが、微かに優しい笑みを浮かべたような気がした。幼い頃見た、遠く懐かしい笑みだった。何も言葉はなかった。そして静かに息を引きとった。そのとき、母がつき合っていたという男はその場にいなかった。何て薄情な男だろうと思った。何もかもゆるせなかった。母も、その男も。
 


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