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下屋敷、魔羅の競り合い
【歴史物 官能小説】

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艶之進、唸る肉刀-5

 艶之進は夕闇迫る中庭に面する控えの間にて、乗り気ではない自分を鼓舞しながら、綾乃と交情したのち、どうやって閨房指南役の話から逃れるかを考えていた。もちろん、彼女を満足させなければ、その話は立ち消えになるはずだ。だが、あの、淫乱の権化と思える綾乃が逝きを堪能するまで艶之進を解放するはずはなく、どのみち、げっぷが出るほど淫楽を貪って、結局は艶之進に唾を付け、籠の鳥(雄の)にしてしまうだろう。
 かといって、ここで逐電しては五十両が水泡に帰してしまう。せめて、五十両の手形がこの屋敷のどこに置いてあるかが分かれば、そいつを奪い、尻に帆掛けてさっさと逃げ出すのだが……。
 すると、廊下の外がにわかに騒がしくなった。好色な綾乃が夜を待ちきれず、艶之進を迎えに来たのかと焦ったが、それにしては騒ぎが大きかった。戸板の倒れる音もする。
 廊下へ出てみると、なんと、力蔵が数名の手下を従えて暴れていた。競技の途中で追い出された意趣返しだと思ったが、「五十両はどこだ!」と叫んでいるところをみると、復讐のついでに賞金をかっさらおうとしているようだった。千住一円を縄張(しま)に持つ青背の力蔵と吹聴するわりには手下の数が少なかったが、中庭を見れば屋敷の侍どもが十人ほどのごろつきと揉み合っていた。
 警護の侍たちをかいくぐって屋敷の書院棟へ侵入した力蔵ほか数名は駆けつけた腰元たちと対峙していた。彼女らは皆たすき掛けに袴姿で薙刀を所持していた。奥向きの警衛を担っているのだ。その中には凜の姿もあり、彼女は真っ先に闖入者へ斬り込んでいった。この下屋敷随一の薙刀の使い手というだけあり、凜はたちまち二名に傷を負わせ、力蔵にも肉薄したが、ごろつきの親玉は長ドスで薙刀を弾き返し、助太刀で斬り込む他の腰元たちも寄せ付けなかった。いかに薙刀の練達ぞろいとはいえ男女の膂力の差はいかんともしがたい。警護の侍たちは庭の凶漢どもを相手にするのに手一杯で屋内に駆け込む者がいない。そうこうしているうちに力蔵は綾乃の寝所の方へ行こうとするので、凜は身を挺して立ちはだかった。

「小娘、そこを退(の)け、殺されたいか!」

 力蔵が長ドスを振りかざして威嚇する。

「痴れ者、通すものか!」

 凜は薙刀を八相に構える。
 艶之進は寸刻後に凜が長ドスの餌食となることを予想した。慌てて周囲を見回す。しかし武器になる物など何一つなかった。
 力蔵が叫び、打ち合う音が二度した。見れば、凜の手から薙刀が飛び、柄の部分で折れ曲がって廊下に転がっていた。そのまま力蔵が凜に斬りつければ彼女も薙刀と同じ運命になる。艶之進は飛び出した。廊下を滑るように走り、「く」の字になった薙刀を拾って片膝に打ち付け叩き割り、刀の長さになった薙刀を携えて力蔵の前に躍り出た。

「艶之進様!」

 背中に凜の声がぶつかる。艶之進は凜を庇うように立ち、折れた薙刀を青眼に構える。

「さんぴん野郎、てめえがここに居るということは、どうやら最後まで勝ち残ったようだな」力蔵が憎たらしげに艶之進を睨む。「五十両はどうした? おれさまのものになったはずの五十両はどこだ?!」

 艶之進は答えず、構えを崩さなかった。

「てめえのことは初めっから気に食わなかった」力蔵が長ドスを小脇に構えた。「ちょうどいい、ここでぶっ殺してやる!」

 怒声とともに突いてきた。艶之進は背後の凜にぶつかりながら体をかわす。即座に彼女は壁際に駆け去り艶之進の足手まといにならぬようにする。
 力蔵はめったやたらに長ドスを振り回し、斬りかかってくる。豪腕なので下手に受けるとこちらの得物が弾き飛ばされるおそれがある。だが、艶之進は天然理心流の達人であった。細川越中守の御前試合では他流に後れを取ったが、町の無頼漢などに負けることはなかった。
 裂帛の気合いが艶之進の口から発せられると、ガクンと力蔵がうずくまった。片手でもう一方の手首を押さえている。廊下に手首の先が落ちていた。長ドスを握ったままの手が転がっていた。
 腰元たちの歓声が上がり、それと前後して庭から警護の侍数名が駆け込んできた。うずくまる力蔵を取り押さえ、二名のごろつきを捕まえた。あと数名ならず者がいたようだが逃げられてしまっていた。
 危ないところを助けられた凜は艶之進を何ともいえない熱い眼差しで見つめていたが、騒動を聞きつけた老女の嵯峨野が奥から出張ってきたので、そそくさとこの場を離れた。

 江戸一番の床師との交合が待っているというのに、力蔵の騒動で水を差された綾乃はひどくおかんむりだった。初めは力蔵を即刻打ち首にいたせと息巻いていたが、用人が「御公儀のてまえ勝手に処罰を下すことは出来ませぬ。しかし、奉行所へは事の顛末をよーく申し伝えまする」と言ったので何とか怒りを鎮めた。おそらく力蔵は遠島か重追放となるに違いなかった。
 艶之進は老女の嵯峨野の居室に呼ばれ、礼を言われていた。

「どこぞの御前試合では惜しくも二番手となったそうじゃが、さすがは天然理心流折紙の腕前。狼藉者を見事に退治してくれたのう」

 艶之進は低頭のまま話を聞く。

「しかし、町人のつけあがりぶりにも困ったものじゃ。こともあろうに武家屋敷へ暴れ込むとは……世も末じゃのう」

 艶之進は魔羅くらべなどという破廉恥な催しを旗本の奥様が執り行うことこそ世も末だと思ったが、伏せた顔を微かにゆがめただけで何も言わなかった。

「ところで、坂本艶之進」

「はっ」

「勝者に与える五十両の手形じゃが、それは奥様との同衾が終わってから渡す」老女が振り向いた視線の先に豪華な意匠の文箱があった。そこに手形が入っているのだろう。「それとは別に金子(きんす)を与える。先程の礼じゃ、取っておけ」


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