未知の島-3
「ビーナスゲームズ」が行われるのは東京湾有明沖数百メートルの小さな人工島。参加者は大会開幕1週間前に有明から主催者がチャーターした船で渡る。10分もかからないうちに人工島に着くと船着き場の隣にある参加者宿舎へ。参加者が島に持ち込める荷物は宿舎で過ごすときに使う下着と基礎化粧品くらいなのでかばんは大きくない。人工島にある宿舎は参加者1人につき1室ずつシングルルームが用意され、共用施設として食堂やミーティングルームなどが入っている。そして、宿舎の向かいにはスタジアムと全裸でないと使用できないトレーニング施設がある。
紀子、菜々子、ほのかの3人は宿舎の自室に荷物を置くとガウンに着替える。宿舎内にいるときは下着の着用が認められるがスタジアムに移動する場合は下着の着用は認められない。「ビーナスゲームズ」では常時全裸であることが理想としているが、現代の社会通念上それはかなわないため最低限の着衣が義務付けられている。
「全裸練習に慣れるとガウンだけじゃスースーして変な感じね」
紀子はガウンの内側に入り込む風に違和感を持っている。競技の段取りを確認するためのオリエンテーションに参加しているため下着の着用が認められていない。
「下が特に。上はまだぴったりしているから違和感ないけど」
菜々子も一緒にいる。
水泳競技に参加する選手がミーティングルームに集められた後、役員の誘導でスタジアムに向かう。入口で選手たちはガウンを脱ぐ。ガウンには選手の名前と登録番号が書かれているため宿舎に戻る際に選手の元に返されるようになっている。
「気合入るね！」
「そうですね！」
紀子と菜々子は早くもテンションが上がっている。が、役員の次の一言で菜々子の表情は引きつる。
「アーテティスティックスイミングに参加する選手はプールに向かう前に必ずシェービングゾーンに立ち寄ってください」
アーティスティックスイミングに参加する選手にはアンダーヘアの剃毛が義務付けられる。「ヴィーナスゲームズ」のアーティスティックスイミングでは特にボッティチェリの絵画に描かれたヴィーナスのような身体の美しさを求めるためにアンダーヘアはあってはならないとしている。
「やっぱ、そらないといけないんですね」
菜々子はエリートスイマーだったころから人一倍丁寧にアンダーヘアを整えていると自認しているだけに、筆先のように整えたヘアを見ながらうなだれた。
「菜々子のあそこ、汚いわけじゃないからヘア剃ったって問題ないよ」
紀子がフォローすると菜々子の気持ちは落ち着く。気を取り直して２人は他の選手と一緒に控室からウォーミングアップ用のプール、招集所、本番用プールとみていく。そして本番用プールで試し泳ぎが始まる。
「久しぶりの屋外プールは気持ちいい！ 高校以来かな」
「仕事抜きで思い切り泳げるのはいいですよね」
陸上フィールドの端に長さ100mのプールがある。幅は10コース分あるがコースロープはない。そしてスタート台もなく、プールサイドから直接飛び込むような構造になっている。2人はそのプールを一方通行で繰り返し泳ぐ。日差しできらきら光る水面にも興奮した。
「本番が楽しみになってきたわね」
紀子は菜々子に満面の笑みをみせてプールを離れる。菜々子はアーティスティックスイミングにも参加するためプールに残る。実際は同時に8人の選手が泳いでいるが、菜々子は広いプールを一人で泳いでいるような気分で演技の練習をしていた。
一方、ほのかは陸上競技参加者のオリエンテーションに参加し、1周800m、直線200mの陸上トラックにいる。やはりスタジアムの入口でガウンを脱ぎ、全裸で日差しがたっぷり降り注ぐグラウンドに立っている。
「日焼けなんて気にしていられないな。日差しの下で走るのが一番ね！」
真夜中の薄暗い灯りの中で練習していたほのかにとって、日差しの下で裸になって走るのは何よりの励みになった。スタートブロックなしでクラウチングスタートするスタイルにもすぐに慣れ、スピード感を自分のものにできる手ごたえを感じていた。
参加選手は「ヴィーナスゲームズ」独自の競技スタイルを1週間かけて習得しながら練習を重ねていった。布で覆い隠されるところがなく、日焼けマシンに入ったようなきれいな日焼けがどの選手にもできていた。そして、戦いの日がやってきた。