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『瞬きに願いを込めて……』
【悲恋 恋愛小説】

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『瞬きに願いを込めて……』-1

……ふわり……

……ふわり……


まだ手付かずの自然が残る山間(やまあい)にある小川の岸辺に私は独りで佇んでいた。都会の喧騒を離れ、長いあいだ電車に揺られて辿り着いたこの場所。

駅から離れた場所で見つけた質素な宿に腰を落ち着けて、通された部屋の窓から私は茜色に染まる空を何をするでなく、ただぼんやりと眺め続けていた。
どのくらいそうしていたのだろう、襖(ふすま)が開いて仲居の人の声に我に返った時には、すでに窓の外は闇に包まれていた。

「あの……お食事のご用意が出来ましたがお運びしてよろしいですか?」
「え、ええ…お願いします。」

荷解きもせずに窓際にずっと佇む私は彼女の目にどう映っていたのだろう。
さして荷物を持たない女の一人旅なんて、かなり曰(いわ)く有りげに見えた事でしょうね……

実際、気持ちの整理を付けるための旅なのだから、あながち間違っている訳でもないのだけれど。

程なくして部屋に食事が運ばれて、木目調の黒ずんだテーブルの上を埋めていく。給時をしようとする彼女の申し出を丁寧に断り、私は独りだけの夕食を始めた。質素な建物と相応するような品揃えだったけれど、味はよかったと思う。

……よかったと思う……

そんな曖昧な言葉の通り、今の私はどんな食べ物も美味しいと感じられない。
あの出来事以来、心の中から喜びの感情が抜け落ちてしまったようになって、何を食べても同じように感じてしまうのだ。


あの出来事……

それは突然に訪れた訳じゃない。認めたくないけど、確かに予兆はあった。
遅くなる帰宅時間に、急に増えた出張。そして時々繋がらない携帯……

妙な胸騒ぎが治まらないまま、その日は何の前触れもなくやってくる。


『話しがあるんだ……』


いつもと違うあなたの声
いつもと違うあなたの顔

その後に続く言葉なんて聞きたくない。今すぐにでも部屋を飛び出したかったけれど、私の身体はまるで石像になってしまったみたいに動かなかった。


『別れて……ほしい。』


あなたの顔を見つめたまま、私は何も言えない。喉の奥が引きつり声すら出せない。


『恨まれても憎まれても構わない。だけど君より大切な女性(ひと)が出来てしまったんだ。』


あなたは初めて私を『君』って呼んだ。その耳慣れない言葉に、そこにはもう決して埋められない溝が出来てしまったんだと気付かされてしまった。


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