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引明けに咲く花
【純文学 その他小説】

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−−−−−早く高校生になりたい−−−−−

幼い頃からそんな風に思っていた。
頭上に咲き誇る花に春の香りを感じながら新品のローファーをコツコツと鳴らして歩く。
数日前に高校の入学式を迎えた彩香は桜が満開に咲く通学路をまだ慣れない足取りで学校に向かう。
彩香の入学した照星高校。地元では照高てるこうと呼ばれるこの高校の偏差値の高さは市内でも三本の指に入るほど高い。
彩香がこの高校を選んだのにはある理由があった。

杉崎彩香(すぎさきあやか)
成績優秀、中学ではテニス部に所属し、テニス経験が無かったにもかかわらず、中学3年生の時は部長を務め、県大会への出場を果たした。明るく優しい性格は男女問わず皆に好かれ、160センチを超える身長からすらっと伸びる手足、端正な顔立ちでセミロングの髪をなびかせる。その美人ぶりから中学校での人気も高かった彩香は、つい最近着始めたはずの照高のセーラー服も完璧に着こなしている。
しかし彩香は決して、最初から完璧な天才というわけではなかった。

田島健人(たじまけんと)
彩香が見つめる先には常に彼の存在があった。長身で程よく筋肉が付き、無造作にボサッと立つ短い髪が印象的な健人は、成績はそこそこだったが、バスケットボールで県の選抜チームにまで選ばれ、健人はバスケットボールが盛んな照星高校に推薦入学することが決定していた。
彩香と健人は小学校の頃から幼なじみで家が近かったため、小学校の頃はよく一緒に遊ぶ仲だったが、中学に入学した後クラスが一緒にならなかったこと、またお互いに思春期の恥じらいなどから、次第にすれ違った時に挨拶を交わす程度になってしまった。
それでも…彩香はずっと健人に想いを寄せていた。

(オレ、高校は照星に行ってバスケやるんだ。)

小学生の時に健人が何気なく言ったこの言葉から、彩香は健人を追いかける一心でスポーツ、勉学共に努力し、照星高校へ入学を果たしたのだった。

入学式の日には彩香は飛び跳ねるほど喜んだ。幼なじみの健人と同じクラスだったのだ。
彩香は今日も健人に会えることを楽しみにして学校に向かった…。

授業終了のチャイムが鳴る。
彩香の席から斜めに4席ほど前に座る健人の後ろ姿を見ながら、まだ授業とは言えないオリエンテーションを終えて放課後になった。

真希「彩香!じゃあね!」

彩香「うん!また明日!」

堀米真希(ほりごめまき)
入学式の日に会話をして以来、すぐに仲良くなった彩香の友人で、髪は短髪でボブヘア、身長は彩香より小さく、丸顔で童顔の可愛い印象の彼女は、彩香とはまた少し違った明るさを持つ活発な生徒だった。そんな友達の真希と挨拶を交わした後、彩香は教室で健人の姿を探すが、すでにその姿は無く下校してしまった様だった。

彩香「いるわけ…ないよね…。」

部活動が始まっていない今だったら、健人と一緒に帰れるかもしれない。そんな淡い期待をしていた彩香は少し残念な気持ちで教室を後にする。

新入生が次々に下校して行く中、彩香も昇降口に行き靴を履き替える。…すると、遠くから聞き覚えのある音が聞こえてきた。
それは体育館に響くボールの音だった。

彩香は靴を履き替えるのをやめると足早に体育館に向かった。おそるおそる覗き込むと、そこには一人でバスケットの練習に励む健人の姿があった。

シュバッ…!

180センチの長身から放たれたスリーポイントシュートが見事に決まる。隠れて覗き込んでいた彩香だったが、思わず健人に見とれてしまい、ただただ健人の姿を見つめていた…。

ガンッ…!

何本目かに健人が放ったシュートがリングに弾かれ、まるで彩香に向かって来るように体育館の入口へと転がってきた。彩香はハッとして無意識にボールを取ると、ボールを追いかけてきた健人は彩香の姿に気づいた。

健人「あ、…杉崎…!」

少し驚いた表情で、どこか照れ臭そうにしながら健人が会釈する。

彩香「ご、ごめんなさいっ!…覗くつもりはなかったんですけど…。」

久しぶりに想いを寄せる健人と話したことでなぜかおどおどして敬語になってしまう。

健人「なんだよかしこまって。昔からの仲だろ?」

笑顔で答える健人と目が合い、彩香は平静を装いつつも耳が真っ赤になるほど照れてしまう。彩香は照れ隠しをするように目を逸らして、健人にボールを渡した。

彩香「ごめん…バスケット、頑張ってるね。」

健人「え?…ああ、このまま帰ってもやることなかったし…。まあ…そろそろ帰ろうかと思ってたんだ。」

彩香の「え?……そうなんだ…。」

彩香は勇気を振り絞って一緒に帰ろうと言おうとするが、どうしてもその一言が言えない。

健人「…あ、あのさ…良かったら…一緒に、帰るか?」

彩香「え…?……う、うん!」

思ってもみなかった健人からの誘いに彩香は全力の笑顔で答えた。

帰り道…。
夕焼けの桜並木の下を2人はそれぞれ自転車を押しながら横並びに歩く。

健人「そういえばさ、杉崎は高校でもテニスやるの?」

彩香「どうしようかな…。あたし、本当は運動って得意じゃないから…。」

健人「元テニス部の部長が何言ってんだよ。杉崎なら絶対いいところまで行けるって。」

彩香「そ、そうかな…。」

彩香は高校でテニスを続けることはもちろん視野に入れていたのだが、高校の部活にはマネージャーという役職があることも知っていた。

彩香「テニス部もいいけど…あたし…バスケ部のマネージャーになっちゃおうかな。」

いたずらっぽく笑いながら健人に答える。

健人「マネージャーか…ちょっと勿体無い気がするけど、杉崎がそうしたいならオレは…いいと思う。」

彩香は健人のその返答を聞き、健人の夢を応援したいという気持ちは益々大きくなった。
彩香はこの健人との会話をきっかけに、テニス部に入部するよりもバスケ部のマネージャーになりたいという気持ちがさらに強くなった。

幼なじみの彩香と健人の会話は弾み、自転車を押す2人の距離はいつの間にか徐々に近づいていた。彩香はずっとこの時間が続けばいいとさえ思ったが、とうとう彩香の自宅前に到着する。彩香は名残惜しさを感じながら足を止めると、健人はほぼ同時に自分の自転車に乗った。

健人「それじゃあ、また明日!じゃあな!」

彩香「うん!健人くん、またね!」

彩香が手を振ると健人は自転車を漕ぎながら手を上げて答える。
(今度はいつ…話せるのかな…。)
彩香はそんな風に思いながら健人の後ろ姿をしばらく見つめていると、健人の自転車が急に止まった。

健人「また一緒に帰ろうな!」

振り向きざまに彩香に向かって健人は笑顔でそう言い放つと、自転車を漕いで帰っていった…。


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