第1章 万引き-1
≪万引き!≫
「ダメだよ」
小さいが、鋭く耳に響く声とともに、ブラウスの脇をグッィと引かれてしまった。
「あっ、智之君…」
「いけないことでしょう?」
赤いリュックを肩に掛けた背の高い男の子、一昨年の教え子、高校2年生、青木(あおき)智之(ともゆき)が困った顔をしていた。
「あっ、いや、違うの。カゴが、カゴが…」
中学の英語教師をしている今井(いまい)陽子(ようこ)は32歳の独身。誰にも言えない悩みだが、生理前になると気持ちが不安定になり、衝動的に万引きをしてしまうことがあった。今、ふと立ち寄ったスーパーで、その現場を見つかってしまった。心臓はドキドキ、顔は真っ青、「ま、間違えたの。お、お金…」と言い訳するにも、口が回らない。
だが、智之は「しっ!」と言って周りに目を配りながら、陽子のトートバッグからクッキーや乾電池などをそっと棚に戻していく。
彼は背丈が陽子よりも頭一つ大きいので、何をしているのか、他人からはよく見えない。
「あ、あの…」
「買い物はこれだけ?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、行こう」
おろおろする陽子の手をぎゅっと握ると、足元に置いたカゴを掴むと、レジに歩き出していた。