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陽炎の渓谷
【寝とり/寝取られ 官能小説】

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マジックミラー-1

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「こんにちは。今日もよろしくお願いしますね」
 きちんとしたスーツ姿で出迎えた江島に、玲奈はにこやかに挨拶を返した。幸弘は顔が少しこわばっている。
「初めまして、堂崎瞳美と申します。江島のアシスタントをしております」
 彼女はグレイのスカートスーツをパリっと着こなしている。
 玲奈が眉を寄せた。
「初めまして、ですよね」
 幸弘と江島が、はっとしたように目を合わせた。
「ええ、お会いしたことはないと思いますよ? あ、でも江島とはプライベートでもパートナーですから、先日のご案内の時に私の話が出たのかも知れませんね」
 瞳美は平然としている。
「……失礼しました。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
 四人は江島の運転する黒いミニバンに乗ってレッスン場の候補地を見に出かけた。それは、玲奈が自慰を見られ、江島に抱かれたのと同じ車だ。車を見るなり玲奈はさっさと助手席に座り、幸弘はそれをとめなかった。
 道中、車内には静かなジャズが流れていた。玲奈は時折モゾモゾと座り直す以外に何もせず、何も言わず、ただ窓の外を眺めていた。
「着きましたよ」
 江島が案内した物件は、大通りに面した中級クラスのマンションの一階だった。いわゆる下駄履きというやつで、二階以上がマンション、一階が店舗や事務所などになっている。
「建設された当初はダンススタジオだったので、防音、防振に問題はありません。思いっきり音を出していただけます。ただ、ちょっと残響が長すぎると思いますので、壁、床、天井に吸音処理をしないといけないでしょうね」
「あら江島さん、音響に詳しいんですね。お知り合いに音楽家でも?」
「ええ、とっても優秀なピアニストだった方にお世話になっております」
「まあ、お名前はなんとおっしゃるの?」
「それは……本人の希望で言えないんですよ」
「そうですか、それは残念です」
 幸弘は、指を鳴らしたり手を叩いたりしながら部屋の中を歩き回り始めた。
「確かに響きすぎですね。板張りの床はカーペットに、天井にも何か対策をして……壁は吸音板を貼り付ければイケるかな」
 長い方の辺が約6メートル、短い方が約5メートルの長方形の部屋だ。ダンススタジオとしては小さい方だろうが、ピアノのレッスンにはちょうどいい。グランドピアノを二台並べたうえで、待合用の簡単なソファーと楽譜用の棚も置ける。
「問題はこの鏡だなあ。これ、剥がせます?」
 長い辺の片方が壁一面の大きな鏡になっており、ダンスレッスン用のバーが取り付けてある。
「それはちょっと難しいですね。それ、実はマジックミラーなんですよ。裏側が事務所、更衣室、倉庫になってるんです」
「へえ、おもしろいですね」
 玲奈が興味を示した。
「奥さん、裏側に回ってみます? ご予算の話も有りますし」
「ええ、そうですね。うちの主人はピアノ以外のことはまるっきり分からない人ですから」
 玲奈は少し嫌味っぽい言い方をした。
「じゃあ、行きましょうか。堂崎さん、こっちお願いね」
「はい、いってらっしゃいませ」
 江島と玲奈は部屋の隅のドアから出て行った。その後ろ姿を見送ると、瞳美が幸弘の方に向き直った。
「と、いうわけで。物件は気に入ってくれたかしら、幸弘さん」
 彼女は急にため口になってそう言った。
「ああ、申し分ない」
 二人が出て行ったドアに視線を送りながら、幸弘が半ば気のない返事をした。
「どうしたの、奥さんと喧嘩でもした?」
「まあね。この前事故に遭った人を助けた話はしただろ? その相手が若い女の子でね、ありもしない疑いを掛けられたんだ。それがきっかけでいろいろあってさ」
「ふうん、そうなんだ。その子とはほんとになんでもないの?」
 瞳美は興味津々と言った様子で幸弘の顔をのぞき込んだ。
「ないよ」
 やれやれ、といったポーズを取りながら幸弘が答えた。
「なんだつまらない。ほんとに浮気しちゃえばいいのに」
「はあ? なんでさ」
「だって、奥さんはしたじゃない、江島と」
「それは僕に見せるためで……」
「どうかなあ。今だって、あのマジックミラーの向こう側で二人っきりだよ? こっちからはあっちは見えない。何してるんだろうねえ、今頃」
 幸弘は、腹の底に重い物が落ちるのを感じた。たしかに玲奈と江島は既に体を交えている。録画を見たので間違いない。久しぶりに見る玲奈の激しい乱れっぷりに、幸弘は興奮を通り越して動揺してしまったくらいだ。今まさにガラス一枚向こうで同じ事が行われていないという保証はない。二人して間抜けな夫を笑いながら、体を重ねているかも知れないのだ。
「しかも彼女、あの助手席に座ってたんだよ? 屋外の駐車場で自分でしちゃうほど欲情させる威力を持った、あの助手席に。ガマン出来るのかなあ」
 幸弘は険しい目で鏡を見つめた。そこには、嫉妬に悩み、顔を曇らせた男が立っていた。
「だからね、幸弘。私とヤらない? 今ここで」
 一瞬何を言われたのか分からなかった幸弘がようやく開こうとした口を、瞳美が人差し指で押さえた。
「逆パターンよ。今度はあなたが私としてるのを奥さんに見せつけてやるの。彼女、どんな反応するかなあ」
「そんなことしたら、それこそ玲奈は江島と……」
「いいじゃない、それならそれで。見えないけれど、このガラス一枚向こうで奥さんが乱れ狂ってるのを想像するのも悪くないんじゃない?」


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