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液浸
【SM 官能小説】

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液浸-6

次の日の夜、カヅエは自分の目の前で自慰をすることを彼に命じた。ただし、それは別れた
妻の肉体を想い描いて行うこと、それが彼女の命令だった。眼を閉じ、妻の姿だけを遠い記
憶の中から呼び戻そうとした。彼は掌で自分のものを包み込む。妻の肉体の希薄な感覚が細
く長い記憶となって糸のように流れてきた。いや、それは感覚ではなく鈍く重苦しい思念だ
った。

彼はカヅエの命令に従い、腿のあいだにある柔らかいものを揉みしごき続けた。勃起し射精
をするまで自分のものをしごき続けなければならなかった。肉幹をさすりあげる掌に微かな
湿り気が滲んできた。
妻の姿が脳裏で歪み、妻との生活の遠い時間と空気が、見えない何かが、無機質の得体のし
れないものに変わっていった。とらえどころのないのに、くっきりとした輪郭と、重さと、
匂いをもっている妻の姿を彼は自分の中で感じようともがいた。いつまでも堅さを含まない
ものを掌でしごきながら、嗚咽を洩らす彼は耐えきれないように薄く瞼を開く。

カヅエは射精が始まらない彼を楽しそうに眺め、嘲笑い、侮蔑の眼差しを向けた。そのとき
彼は、彼女の顔がとても美しいと感じたことが不思議だった。



夜になっても微かに雨の音がした。部屋を包み込む重く沈んだ灯りが澱んだように漂う。
いつものように彼は、ソファに腰をおろしたカヅエの足元に飼い犬のように裸のまま跪き、
彼女の白く細い脚のふくらはぎに頬を寄せていた。

カヅエは、好んで標本の図鑑を眺めていることが多かった。特に何かを集めた図鑑というわ
けではない。大きな図鑑は、いろいろな生きものや植物が標本瓶の中の液体に浸された写真
で埋められていた。それを彼女は何度となくただ眺めているだけだった。

何がおもしろいのですか、彼は一度、聞いたことがあった。

カヅエは言った。すべてが永遠に保たれた姿が素敵だわ、それに人間だって標本になれる…。
たとえば憎んだ男も愛した男も、標本瓶に中に閉じ込め、ずっと眺めていたら、わたしは自
分がどんな思いを男にいだいていたのかわかるような気がするわ。瓶の液体に浸かった標本
は自分を映し出す鏡なのよ、眺める者も、眺められる者も。もしかしたら、標本瓶に保存し
た男は、わたしをずっと愛することも、苦しめ続けることも永遠にできるのかもしれないわ。

そう言いながらカヅエは、物思いにふけるように視線を窓の外に向けた。遠くで夜鳥の啼く
声と樹木の葉のざわめきだけがふたりのあいだをすり抜けていく。

もし人間が標本になれるなら、わたしが永遠に求め続けたい人とともに、いっしょに標本瓶
の中に封じ込まれ、無機物のように永遠に腐敗することなく生き続けていたいわ。

理解できるようでありながら、何を彼女が言いたいのか彼にはその意味の真意がわからなか
った。


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