投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

よだかの星に微笑みを(第三部)
【SF 官能小説】

よだかの星に微笑みを(第三部)の最初へ よだかの星に微笑みを(第三部) 9 よだかの星に微笑みを(第三部) 11 よだかの星に微笑みを(第三部)の最後へ

新たな一滴-2

「先日、ひいなと講演会に行ったんだけどよ」
俺たちの夜は変わらない。居酒屋「鳥那須」よ、永遠なれ、だ。こういう仲間との時間にこそ、本当に生きている喜びがある。
「鶏の飼育、大抵酷いらしいな。鳥インフルエンザになるのも、よく分かるぜ。」
鶏皮を食べながら伊月が言った。俺は
「食欲を落とすような話するな。何の講演会だよ、それ。ひいなさん、そんなのに興味あったか?」
「ねえよ、多分。ただ、挨拶が有名俳優だった。そこだけだ。」
「新聞にいつか書いてあったけどな、アメリカのアーモンド畑のミツバチ、『蟹工船』状態らしいで。新しいプロレタリア文学が書けそうやな。」
渡部は面白そうに言った。
「お前、体調はどうなんだよ。」
俺が聞くと
「ん? 変化なしや。発病せん限り、健康体と変わらんわ。」
「蘭とセックスしてんの?」
「しとる、しとる。発病に関係ないしな。」
「彼女が風俗嬢のままでもいいのかよ。」
伊月が聞く。
「今さら言うことやないわ。自分のものになったから、これまでしてきた事やめろ言うのも、勝手やと思うしな。」
「ふうん。」
俺は感心した。蘭は俺ともしているのだが、それは言わないでおいた。
伊月が話を続けた。
「それで、鶏の話な、あの状況見たら可哀想だと思ったよ。あんな飼い方しちゃいけない。」
「どうせ殺すんやけどな。」
「見たら感覚的にだめだ。ハツカネズミの実験も講演会の映像で見せられたけど、だめだ。実際見ると、結果が人の役に立つとか言われても、要らねえって思う。」
「俺もそう思うと思う。」
俺が煮え切らない風で応えたら渡部が
「相変わらず意志の弱そうな反応やな。」
伊月は
「倫理観とかの前に、惻隠の情が絶対あると思ったよ。」
その伊月の言葉に助けられるように俺は
「多頭飼育崩壊って、変な言葉、流行ってるけど、あれ、増えちゃって困ったこと自体は、気持ち分かるわ、俺。後先考えてから、助けるか見捨てるか決めるなんて、単に冷酷な奴だよ。」
しかし渡部は
「お前みたいな奴がやっぱり、後先考えず感情に任せて行動して、中学生とか妊娠させて不幸にするんや。人間は思考する生き物なんやで。」
「うーん。あ、これ見ろ。」
俺はポリアンナの載っている雑誌を取り出して見せた。
「この子だよ、俺の中学生の彼女って。」
「お前、統合失調症ちゃうやろな。これ、モデルやんか。」
「まあ、応援してやってくれ。」
伊月がポリアンナを眺めつつ
「分かんねえな、アイドル好きとかは。」
「お前のバンド好きとおんなじだろ。あと、俺は別にこの子のファンじゃない。」
「好きっちゅうのは何なのかな。理屈こねる前からまず俺たちは文学が好きやってん。」
伊月が
「好きでやってる奴には所詮かなわないって、東京都知事もしてた青島幸男が言ってたの読んだことある。慧眼だと思ったぞ。」
俺は
「惻隠の情とそれ、似てないか? でも、翻って考えると、嫌いな事やらない奴っていうのはどうなんだ? 我儘な気がするけど。やっぱり、あれか、本能みたいなものとか、好き嫌いで行動するんじゃなくて、規則って言うか、道徳律っていうか、人の行動の指針は要るのかな。罰則も作って、行動に方向性を持たせる必要があるのかな。」
「指針て、お前、例えば動物実験の話な、お前が嫌いならお前はしなくてええんや。ただ、人が必要や思てしとるのを、やらせん言うたり、要らん思うとるもんをやれ言うのは違うのとちゃうか。」
蘭の件とも筋の通った考え方を渡部はするものだと、俺は思った。
「でも、意見の噛み合わない分野が社会にはあるだろ。だから、すぐに社会をどこかの方向へ変えようとしたら、革命かテロかに走りたくなるよな。話し合いなんかで変わるのか、だ。」
伊月は
「教育の仕方で何とかなるんじゃねえのか。」
この手の話題は面白いけれど、何のことはない、理屈の応戦だ。壊すのは楽でも、構築するのは難しく、延々終わらない。盛り上がったが俺は疲れた。そんな日もあるものだ。


よだかの星に微笑みを(第三部)の最初へ よだかの星に微笑みを(第三部) 9 よだかの星に微笑みを(第三部) 11 よだかの星に微笑みを(第三部)の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前