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【箱庭の住人達〜荊の苑〜】
【学園物 官能小説】

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第三話-3


 孝顕は兼山と付き合うことをきっかけに、バス通学から自転車通学に切り替えていた。徒歩の彼女に対し孝顕の家は方向も違い遠回りになるが、少しでも一緒にいる時間を作るためだ。他愛のない会話を続けながら自転車を押し、共に通学路を歩いていく。
「そうだ、夜刀神君。ちょっと家に寄っていかない? この前話してたCD貸してあげる」
「え、そう? でも……」
 孝顕は微妙に目を細め、迷うような素振りを見せる。
「CD渡すだけだから、ねっ」
「じゃあ……少しだけ」
 甘えた声のお願いに孝顕が苦笑で応じると、彼女は嬉しそうに笑った。ひょいと手を伸ばし、自転車を押している孝顕の腕に自分の腕を絡め身体を寄せる。自然と腕に押し当てられた胸に、孝顕は微かに眉をひそめる。
 これから貸すCDのアーティストについて楽しげに話す声に相槌を打ちながら、孝顕は兼山からそれとなく視線を逸らした。


 夕方というには幾分明るいリビング、庭に面した大きな窓にはなぜか半分だけ引かれたカーテン。
 静まり返った室内に微かな人の気配がした。扉に背を向けて置かれている二人掛けのソファから、孝顕が静かに立ち上がる。ソファの足元に置かれた鞄、その上に乗せられた制服のジャケットを掴み上げて羽織る。
「ん……」
 僅かな間をおいて小さな吐息と共にソファがきしんだ。下から伸びあがった手が、背当てを掴みゆるゆると引き上げられる。現れた少女の白いブラウスは襟から胸の下までが不自然に乱れ、不釣合いで淫靡に見えた。
「夜刀神君……」
 ぼんやりとした放心気味の声で少女が呟いた。
「そろそろ帰るよ。さすがに、これ以上遅くなるのはまずいから」
「そう、だね……」
「ゆっくり出来なくてごめんね、兼山さん」
 優しく微笑み少女の頬に指を滑らせて唇を寄せる。ふわふわと角度を変えながら、二人で啄む様な軽い接吻(くちづけ)を繰り返した。されるがままの兼山は気持ちよさ気な吐息を漏らす。唇が解放されてようやく、孝顕を見送るために身なりを整え始めた。

「引き止めちゃってごめん」
「そんな事ない、むしろ嬉しかったよ。CDありがとう」
 玄関で靴を履いて立ち上がり、すぐ後ろにいる兼山に向かってCDの入った鞄を指先で軽く弾く。孝顕は一度頷いて笑顔を浮かべた。余韻に浸る兼山は名残惜しそうな目で孝顕を見つめている。
「……じゃあ、また明日ね……」
 寂しげに呟く少女を胸元に引き寄せて、孝顕は耳朶に唇を這わせた。
「また明日、学校で」
 囁くともう一度唇を重ねた。
 家の門から出た所で一旦振り向くと、ドアの前に立つ兼山が軽く手を振る。笑顔で手を振り返し、孝顕は自転車に跨って帰路に着いた。ある程度少女の家から離れると、力を入れてペダルを踏み込む。一気に速度が上がった。自転車は住宅街をかなりのスピードで走り抜けていく。
 真っ直ぐ前を見つめる顔に表情はない。
 ただ黙々とペダルを休みなく踏み続けながら、無意識に手の甲で唇をぬぐっていた。


 兼山は走り去っていく背中が視界から消えると、ふと溜息をついて家の中に入る。
(今日も駄目か……)
 玄関で一人、複雑な思いで立ち尽くした。
 孝顕は決して一線を越えようとしない。それとなく促しても、やんわりと躱(かわ)されてしまう。大事にしたいと言われれば悪い気はしないし、さらに言い募るのもはしたない。
 その事ばかり気にしていたら、いやらしい子だと思われてしまうかもしれない。嫌われるのはイヤだ。
 彼と付き合い始めてもうすぐ二週間ほどになる。自分は焦りすぎなのだろうか。他の子はどんな風に彼氏とつき合っているのだろう。早い子は既に最後まで済ませているらしく、自慢話を聞くにつけ、羨ましいやら悔しいやら複雑な気持ちになった。
 もう一つ、兼山が気にしていることがある。
 孝顕といると楽しくて幸せな反面、不安が湧きあがることがあった。なぜかは分からない。何かのはずみで訳もなく恐怖が過るのだ。例えば会話の後に訪れる一瞬の沈黙であったり、孝顕のふとした素振りや視線の先に。
 友達に相談しても、「幸せすぎて怖い。とか言うアレでしょ」 と一蹴されてしまった。そういうものなのだろうか。
 分からない。
 胸の奥に燻(くすぶ)る不安をなくしたい。
「夜刀神君……」
 兼山は去ってしまった少年を想った。

  ◆  ◆  ◆


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