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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-9

久しぶりに、狩野に会ったよ…。

 ベッドの中で雑誌を手にしていた夫が突然、呟く。お風呂上がりにドレッサーの前で髪を整
えていたあなたは、一瞬自分の耳を疑った。

ほら、結婚式のときに、きみに紹介した高校時代の同級生だよ、もう忘れただろうな。鏡に写
ったあなたの頬が微かに強ばり、胸の鼓動がしだいに高まってくる。

あいつ、ずっとニューヨークで仕事をしていたんだけど、最近、帰国してね、まだ独身みたい
だし、それで、ぼくが今度の出張から帰ったら、ここでいっしょに食事でもしないかと誘った
よ。きみとも久しぶりに会いたいそうだ。


眠れなかった……。傍で夫の寝息だけが微かに聞こえている。夫は、仕事で遅くなるときは、
階下の自分の書斎のベッドを使うが、ふだんはあなたとベッドをともにする。行為のない、た
だ、いっしょに並んで寝るだけの、すでに夫婦にとって必要のない習慣だった。

夫の言葉が耳鳴りのように聞こえてくる。狩野がこの家にやってくる。それも夫が出張から帰
ったあとに、あなたが狩野とふたたび関係を結んだあとに……。おそらく、夫は狩野に自分の
出張の日を伝えるに違いなかった。そして、狩野は、あなたが彼に連絡してくることを待つこ
とになる、いや、あなたはその日を狩野に伝えないといけないのだ。

小さな黒い雫(しずく)のように溜まった烙印がしだいに潤み、疼きはじめていた……。


縛られて逆さに吊り上げられた肢体……伸びきった足先が天井の闇のなかに吸い込まれていた。
脚は裂かれ、腿の付け根の割れ目が闇に向って開き切り、ゆらぐ繁みが冷気に晒され、澱んだ
空気が流れ込んでくる。狩野は、そんなあなたの姿をどこからか見ていた。いったいどこから
見ているのかわからないが、確かに彼の視線はあなたが彼に刻まれた烙印に向って這っていた。

ぽたりと、水滴のようなものがあなたの開いた脚の付け根にこぼれ落ちる。しばらく間をあけ
てふたたび水滴が落ちて来る。水滴は天井に向けられた脚先の闇の中から、ぽたり、ぽたりと
まるで闇の中に時(とき)を刻むように規則正しく、恥部の中のある点を正確に射止めてこぼ
れ落ちてくる。その点は、狩野に押しつけられた煙草の烙印だった。氷が融けた水のように
冷たい雫は、烙印を黒く鮮やかにえぐりあげていく。

ただの水滴なのか、いや、それはただ繰り返される水滴なのに鋭く尖った針の先端のようにあ
なたの胸奥を犯すように刺してくる。繰り返し、繰り返し……ひた、ひた……と、いつまでも、
止ることなく。水滴の刺激によって肉奥が焦らされ、炙られるように熱を含み、止められない
疼きが増してくる。それは、まぎれもなく狩野があなたに与えた拷問だった。

あなたは、唾液を唇の端から滲みださせ、声にならない喘ぎを咽喉の奥に呑み込んだ。身動き
ができなかった、闇の中からに滴ってくる水滴をあなたは避けることができなかった。何か強
い力で拘束された肉体が硬直しながらも肉襞の奥が弛緩を繰り返していた。乳首がそそり立ち、
陰部にたっぷりと汁を潤ませながらも、性的な高まりとともに淫靡に貫いてくる苦痛に、咽喉
を鳴らし、顔をゆがませ、髪を振り乱していた……。


夢から覚めたとき、すでに夫はベッドの中にいなかった。おそらく、いつもの朝のジョギング
に出かけたのだろう。夫は週末の早朝のジョギングは欠かさない。

部屋の風景も、窓から差し込む光の色も、あなたの肉体のゆるんだ気だるさも、すべてが現実
に埋もれ、何も変わらなかった。眼を閉じると体の奥に余韻のように残り続けていた微かな痛
みをともなった疼きが、あなたの心をゆらゆらとなぞっていた。


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