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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-8

あの頃、狩野はあなたにこの本のことをよく語った。それは彼によって《彼のもの》となる
支配の烙印を押されることの欲望をあなたにいだかせるためだった。あなたが縛られて彼のペ
ニスをしゃぶり続けていたとき、鎖で吊るされ鞭で打たれたとき、奇怪な玩具を肉胴の奥深く
挿入されていたとき、嘴のように尖った、いかがわしいガラスの容器で多量の溶液を臀部のす
ぼまりに注ぎ込まれたとき……いつのときもあなたは肉体に刻まれた苦痛を、彼の烙印として
意識しなければならなかった。それが彼の欲望だった。烙印を押され、苦痛に晒された肉体は
痙攣し、弾け、粉々になり、微かな音とともに空中に舞い上がっては泡をたて沼底に沈んでい
くというのに、狩野に対する愛おしい心だけが浮遊し、彼に支配される悦びへと高まっていった。


 資料室の窓の外は、暗雲とした空に染まろうとしていた。

「今日は、早めに帰宅してくださいね。かなり強い雨がやってきそうです」
奥の部屋で書類の整理をしていた館長の老翁があなたの部屋のブラインドを閉めながら言った。
艶やかな白髪がとても美しい彼は、不意にあなたが書棚に戻した本を手に取る。

「面白かったですか、こんな本が……」と彼は眼鏡に指をあてながら言った。

「えっ、ええ、とても興味深く見せてもらいました」

 背筋がとおった彼は、思慮深い瞳を微かに蠢かせ、最後のページを開きながら言った。
「ここに書かれたあとがきの文章をお読みになりましたか」

……碧く燃えるような海は、夜ごとに寡黙になる……あなたは、脳裏に刻んだ本の言葉を諳(
そら)んじる。

「良く憶えていらっしゃる…」

「それが何か……」

「実は、このあとがきは、この本の著者が日本で出版するにあたって、わたくしが書いた文章
です。かなり以前のことですが……」

 あなたは、意外な顔をしながら皺が刻まれた教授の目元に視線を注ぎながらも、なぜか自分
の心の奥底を彼に覗かれたような恥ずかしさを感じた。

 彼は手にした本の表紙を懐かしげに撫でながら言った。

「欲望を感じさせる本でしょうか、人間には、このような美しい烙印を奴隷の肉体に真っ赤に
焼けた金鏝で押してみたいという残酷な欲望があり、一方では、こんな烙印を愛すべき人間に
押されてみたいという欲望もあるのですね…。おそらくあなたは、後者の方でしょうか……」

「なぜ、そう思われるのでしょうか」

「そういう欲望をもつ女性は、とても美しく魅力的に見えるものです……」
彼は、紫色の口元に優しげな笑みを浮かべ、部屋を静かに出て行った。




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