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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-3

あれから七年……偶然とは言え、昨夜、あのバーであなたの横に狩野がいたのだ。 

朝の白々しい日差しがリビングに差し込んでくる。あなたの眼鏡の中が光で白く覆われる。
ふたりのあいだに唯一、存在する電話がじっと耳を澄ましているような気がした。あなたは受
話器を握り締めたままひと言も言葉を返していなかった。胸にわだかまる言葉はどこからか湧
きあがってくる泉のようでもあるのに、なぜか言葉として輪郭をなすものはなかった。


また、おれとつき合わないか……。


それはあなたが密かに予感していた言葉だった。

おれたちはお互いに、決して忘れられない関係だと思っている。何よりもそのことを知り尽く
しているのは、おれよりもきみ自身だということさ。

危険で、淫らな、それでいてあなたにだけ向かってくる声だった。まるで暗闇からあなたの後
ろ髪を引くように聞こえてくる。声は木霊のように響き、受話器の先に陽炎のような靄がうっ
すらとかかった沈黙の中に消えていく。


昨夜、狩野はカウンターの奥のスツールに座っていた。あなたは、仕事の帰りにふらりと酔っ
た初めてのカクテルバーで、偶然、彼の横に座ったことがすべての始まりだった。
一組のカップルが座っていたテーブルの反対側の端のスツールに何気なしに座った瞬間、彼が
誰であるか、あなたはすぐに気がついた、気がつかないはずがなかった、いや、彼もすぐに気
がついたはずだった。

清楚な髪で耳を隠し、鼻腔は端正な輪郭をもち、眼光はどことなく知的な憂いを含み、神経質
で人を寄せつけない高慢さと自信にあふれた横顔。長身で充実した、引き締まった粗野な身体
つきはあの頃と変わらなかった。肩幅は夫よりも広く、ポロシャツの胸元からは懐かしい情感
を燻らせた厚い胸郭がのぞいていた。

互いに知らないふりをしているのは、作為的ですらありえた。彼は、あなたの方を見ることな
く、《あの本》に目を這わせながら、ウィスキーのロックグラスを飲んでいた。あなたの頬が
強ばった。背筋が微かに震えた。すぐにスツールから立ち上がろうと思ったが、まるで彼に呪
縛されたように身体が動かなかった。彼の存在を拒めない、あの頃の自分が鮮やかに甦ってく
るようだった。

彼が見ていた本は「烙印便覧」……あなたが《彼のもの》になることを導いた本だった。それ
は狩野と初めて出会ったとき、あなたが見ていた本だった。  


もう十年ほど前のことだ……。

偶然、図書館であなたが手にした本だった。「烙印便覧」と表紙に刻まれた本の中には、様々
な紋様の絵が描かれていた。
それは中世ヨーロッパで、奴隷の買主が支配の印として、火で焼いた金鏝で奴隷たちの肉体に
押しつけた数々の紋様が掲載されていた。なぜそんな紋様にあなたがとりつかれたのか自分で
もわからなかった。


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