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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-11

まるで宙吊りにされた夢から揺り起こされるような予期しない出来事があなたを襲ったのは、
月曜日に夫が出勤する直前のことだった。画面に映ったテレビのアナウンサーが語り始めた声
に、夫とあなたは茫然とした。


狩野の突然の死だった……。


彼は、深夜の路上でトラックにはねられた。トラックはそのまま逃走し、彼は即死だった。
テレビのニュースが生々しく彼の事故を伝えていた。

狩野が死んだ……ただ、ひと言だけニュースを見た夫が放心したようにつぶやいた。あなたは、
夫にかける言葉を失い、自分自身に呻く悲哀の言葉を呑み込んだ。自分の中の糸がぷっつり切
れた。自分が広大で空虚な砂漠の果てにぽつんと捨てられたような気がした。

そして、あなたの烙印は意味を失った……。


………


狩野が亡くなってから三か月がたち、夫との生活はまるで何事もなかったように、いつもの気
だるい平穏を取り戻していた。夫が彼のことを話題にすることはなかった(これまでそうで
あったことには変わりはないのだが…)。狩野は、あなたの家に招待されることなく、そして、
あなたとふたたび会う約束を果たせないままに、すべてを終わらせてしまったのだった。


古文書館の資料室の窓からは、緑の庭園に秋の日差しがきらきらと煌めいているのが見える。

ひととおり仕事終わったとき、あなたはふと書棚から「烙印便覧」の本を取り出す。本の中に
並んでいる様々な紋様を眺めながらも、あなたは自分に刻まれた紋様のことを想い描いていた。

狩野は死んだ。でも、彼はいなくなってもあなたの中に残り続けていた。まるであなたを支配
し続けるために。そんなあなたの姿を色褪せた点のようになった烙印を透して狩野が笑いなが
ら見ているような気がした。

「おやおや、よほどその本がお気に入りのようですね」 いつのまにかあなたの肩越し老翁が
立っていた。

「わたくしの部屋でお茶でもいかがですか……」彼の声に誘われるようにあなたは本を閉じた。

老翁の執務室は、資料室の奥にあった。きれいに片付けされた執務机とゆったりとしたソファ、
それに壁の書棚以外は何もなく部屋はすべてが整理されていた。

「あなたにはお伝えしていませんでしたが、今日かぎりでわたくしはここをやめることになり
ます」

 あなたは近々に老翁がここを去ることを博物館の職員から聞いていた。

「あなたとここで出会えてとてもよかったと思います」と言いながら彼は、窓の外の鬱蒼とし
た樹木の光をまぶしそうに瞳に吸い込んだ。

「あの本は、きっとあなたの想像を掻き立てるのでしょうね……そして、あなたはその想像に
よって今以上に美しくなる……」

「お上手ですこと。でも、私はこれから歳をとっていくばかりですね」と、あなたが言うと、
「それはお互いさまです。わたくしなど、そろそろ人生の終わりが見えてきたというところで
す」

 彼は、窓の外に目をやりながら、手にした珈琲をすすった。あなたは誘われるように彼の傍
に佇んだ。眩しい緑の光に一瞬、瞼の中が真っ白になる。



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