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烙印
【SM 官能小説】

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烙印-10

シーツと皮膚のあいだに汗が滲んでいた。あなたは浴室でシャワーを浴びる。鏡に写ったあな
たの裸体が焦点を結ぶことなく弛んでいた。濃さを失いかけたように見える濡れた陰毛が今に
もぽろぽろと抜け落ち、あの烙印がむき出しになりそうだった。

肉体の疼きが先なのか、心の疼きが先なのか、ふとそんなことを考える。疼きは何の予感もな
く狩野が押しつけた煙草の火の烙印から訪れる。その烙印の中に狩野がいて、あなたがいた。
それは、おそらく自分が死ぬまで続くのだと思った。永遠に奪われ、永遠に隷属する……
その本質は残酷な沈黙に近い。沈黙しているのに迫ってくるもの、どこまでも追いかけてくる
もの……。

あの頃の狩野の肉体のすべてが光によって輝いて見えた。縄をほぐす指先が、鞭を手にした腕
の筋肉が、そして体の輪郭が、どこにも無駄なく、どこにも欠けるものなく、あなたへ向けら
れていた。

鞭で打たれるあなたの心身は、不規則な呼吸を泡立て、咽喉を鳴らして息を吐き出すごとに、
悶え、のけ反った。舌が唾液をふくみ、歯がカチカチと噛み合わさり、嗚咽は鞭の痛みを誘い、
狩野が振り上げる鞭はさらに容赦なく、あなたの心まで打ち添えた。自らの心と肉体の奥に
媚びるような甘美さが漂い、毅然とした確かなものが舞い上がり、熱に侵される。それはあな
たが結婚によって長く失ったものだった。



二週間が過ぎた。夫はいっこうに出かける日を告げなかった。

悶々としたもどかしさが体の中をくすぐる日が続いた。後ろ髪を引かれるように狩野の幻影が
脳裏をよぎった。その影はあなたの体の奥を毒々しく艶めかせた。もしかしたら、すでに夫は
狩野に自分の出張のことと家に招く日を話しているかもしれない。その日が来るのが怖かった。
怖いのに待ち遠しかった。狩野と会いたかった、いつのまにか身体が、心が、狂おしくなるほ
ど狩野を欲しがっていた。

夫に出張の日程を何気なく聞く。

来週あたり、入りそうだな。それにしても珍しいな、ぼくの出張のことを聞くなんて。
夫は何も知らない。そのことによって、あなたは安心と胸の奥のざわめきを同時に覚えた。
出張から帰ったら狩野を家に招くと夫が言ったことで、食事とかいろいろな準備があることを、
あなたは白々しく夫に伝えた。



九年前のあのとき、あなたは、いつのように狩野からの突然の連絡を受け、彼のマンションを
訪れた。

おそらく彼の玄関の鍵は、あなたに向って意図的に外されていた。そこであなたが目にした憧
憬……。ほんとうは、あなたがいなければならない彼のベッドの上で、ふたりは重なり合って
いた。狩野の腰の上に太腿を開いて跨った髪の長い少女(実際、彼女の年齢がどれほどであっ
たのかはわからないが)は、首輪をされ、まだ初々しい裸体を後ろ手に縛られているというの
に、少女の顔にはどこか可憐な妖しさが漂っていた。

ベッドが、息が詰まるほどにギシギシと軋んでいた。その音はあなたの心を裂いてしまうほど、
胸奥をゆさぶった。少女は縛られた裸体を身悶えし、縄が上下に厳しく喰い込んだ瑞々しい
ふくらみは狩野の手で鷲づかみにされ、白い肌が千切れるほど歪んでいた。彼女は胸の先端の
桜色の乳首を小刻みに揺らし、悶えるようにのけ反り、白い咽喉元に美しい光沢を滲ませてい
た。いつもの冷ややかな笑みを浮かべた狩野は烈しく腰を突き上げ、少女は彼の上で撥ねるよ
うに息づいていた。

ふたりは、あなたに気がつかなかった……いや、故意に気づかないふりをしてあなたを迎え、
あなたを拒否するように無視していた。あなたはふたりの部屋から不要のものになり、はじき
出されようとしていた。いや、すでにあなたは彼に捨てられた存在だったことにそのとき初め
て気がついたのだった。首輪はあなたがいつも嵌められていたものだった。あなたは自分の首
輪を少女に奪われ、狩野という主(あるじ)を失った惨めな奴隷であり、解かれた自由はあな
たをこの上ない苦痛に追い込んだ。

あなたは部屋の扉を閉め、狩野の部屋から逃げるように走り出た。そして彼の部屋を二度と訪
れることはなかった。もちろん、それとき以来、狩野からの連絡はなかった……。




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