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愛情トランシェンス
【サイコ その他小説】

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愛情トランシェンス-2

 ミュールを履いて外に出た。昼過ぎの風は生暖かくて素足をそっと撫でて去っていく。光弘の話に適当な相槌を打ちながら、彼が事前に目をつけていたという雑貨屋へと二人歩いて向かった。休日の雑踏の中でも大柄な彼はよく目立ち、私は顔を上げ、光の眩しさに双眸を細める。口達者な彼の話題は決して尽きる事無く、何と無く、自分はいつも相槌ばかりだなと一人哀愁に浸ってみたりした。街路樹の新緑が風に吹かれて揺れる様子は、行く川の流れに何処か似ていた。
 相変わらず光弘は楽しそうに言葉を発する。私はそれを見て微笑み、時折頷き返事を返す。よく考えたら自分達は、ただそれだけの関係なのかもしれない。
 二人で一緒に入った店は、小さな手作り風の小物やアクセサリーの類がメインらしい、小ぢんまりとした可愛い所だった。窓枠は丸く、十字の格子が入っている。ピンクのチェリー柄のカーテンをよくわからない生き物のぬいぐるみストラップで止めていた。それほど広くない店内の中に二、三人の女の子のグループがちらほらと棚と棚の隙間から見え隠れする。
 光弘らしくない。そう思った。

「これ、どうだ? 俺らのペアグラスにさ」

 意気揚揚とした様子で、光弘が私に見せたのは何処にでもありそうなガラス製のコップだった。だいたい真ん中くらいの場所に、疎らな大きさのドットが並ぶ、ブルーとピンクの二色。光弘はそれに手を触れないで、じっと私の反応を見ている。ふっ、と何ともいえない笑いが零れた。

「いいんじゃない?」

 微笑と共に彼を見上げて一言、賛辞を私は口にする。光弘が大きく息を吸い込んで、僅かに肩が上がったのがわかった。嬉しそうな笑顔、太陽みたいだと内心思って即座に目を閉じた。違う。太陽なんかじゃない。太陽だなんて使い古された綺麗な言葉ではない、かといって他に形容する言葉も見当たらない……説明のつかない違和感が心の中で蠢く。まるでムカデが私の胃袋の中を這い回り、食道へと登ってくるような……不快感に近い。

「……あ、そうだ。お金……」
「いいよ、俺が払う」

 財布を出そうとする私の左手を光弘がそっと押さえた。瞬時に息を飲む。思い出す、彼の怒鳴り声。そんな私にまるで気付かずにすっかり上機嫌で光弘は緩く首を振って、にこにこと笑っていた。

「俺が欲しくて買うんだし」

 それだけ言い残してグラスをそっともってレジへと歩いていってしまった。自分も着いて行くべきだろうかと、一瞬悩んだがそれは止めにした。代わりに並んだ小さな雑貨類を眺めて暫く一人店内をぶらつく。おもしろいものなど、そこには何も無かった。
 会計を終えた光弘が私を探して店内を見渡している。棚の上から彼の頭が見えるのだ。私はそれに気付くと、緩慢な足取りでそちらへと方向を変えた。

「満足?」
「ああ! すッげぇ超満足」

 心底嬉しそうな光弘の返事に、よかったね。とだけを付け足して、また二人揃って店を出る。
 その時突然、ふざけて走り回っていた幼い男の子が私に思い切り体当たりしてきた。いきなりの衝撃に思わずふらついて傍らの光弘へと寄り掛かる。彼は慌てて私の肩を抱き止めた。ひんやりとするのは、流れる風が冷たいせいじゃない。男の子は泣きながら、母親の元へと走っていく。残されたのは飲みかけのコーラが乾いたアスファルトに広がっていく微かな炭酸の音。すぐに母親が私たちの所に来て、何度も何度も頭を下げた。泣きべそをかきながら男の子も、ごめんなさいと謝った。光弘は私の肩を抱いたまま、大丈夫ですよだなんて言ってる。そんなどうでもいい社交辞令よりも、腹部が汚れたジャケットよりも、私はただ、アスファルトの上をゆっくりと宛ても無く広がっていくコーラを、浮かんでは弾け消えていく、二酸化炭素を茫然と眺めていた。


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