夫の入院・・・美雪視点-1
私の名前は、美雪と申します・・・
主人の正、一人息子の良平と共に、親子三人で暮らしていました。ある年、主人に転勤の話がありました。場所は北陸にある金沢、当初は三人で引っ越す事も考えましたが、息子が就職していましたし、私も食堂のパートをしておりましたので、主人は私達の事を考えてくれて、単身赴任しました。
そんなある日・・・
夕食の片付けをしていた私の下に、一本の電話が掛かってきました。それは金沢の病院からで、聞けば、主人がお酒を飲んで自転車で帰る途中に転倒して、救急車で病院に運ばれたそうでした。私はパニックになり、慌てて良平を呼びました。電話に出た良平の話によれば、主人は右足を骨折し、頭も打っているそうで、精密検査が必要との事でした。私は高校に入学した時、初めて一人で電車通学をしたのですが、入学式の次の日に痴漢に遭い、その恐怖でそれ以降は自転車通学をしていた程です。そんな私が金沢まで一人で行くなど、とても無理でしたが、幸い良平も一緒に行ってくれて助かりました。
金沢に着き、タクシーに乗って主人の病院に向かいました。最初に病室に入った時、主人は酸素マスクをしていて、私は心臓の鼓動が思わず速まりましたが、看護婦さんの話を聞いて、ホッと安堵したのを覚えて居ます。担当のお医者さんとの会話で、地元の病院に移すのは、二週間ぐらいは掛かると言われ、仕方無く私はパートを休んで、こちらに残る事にしました。一人では不安なのですが・・・
駅前の銀行に行き、お金を下ろした後、良平と公園のベンチに腰掛け、良平が私の為に飲み物を買いに行ってくれた時でした。私が物思いしながらベンチに座る姿を、少し離れた所から、ペットボトルを持って居る男性が、ジィィと私を凝視していました。私は思わず視線を外すと、ペットボトルをくずかごに捨てた50前後の男性の方が、私が座るベンチに、ニコニコしながら早足で近付いて来ました。
「奥さん、こんにちは。観光ですか？」
「いえ・・・ちょっと」
「エッ！？訳ありですか？不倫旅行？」
私は、この人初対面の私に、一体何を言いだすんだろうと思いましたが、男性に不倫旅行で来たと思われるのが嫌で、私は男性の言葉を慌てて否定しました。
「ち、違います！こちらで単身赴任している主人が、事故で入院してしまって・・・」
「エッ！？・・・ああ、それでこちらに？そうですよねぇ、こんなに清楚な方が不倫何てねぇ？」
男性は、一瞬驚いた表情で私の事をマジマジと見つめましたが、直ぐに先程の様に軽い雰囲気に戻り、私は、何か馴れ馴れしい方だなぁと思いましたが、今後の不安が少しは和らぐ気がしてきました。男性は私の隣に腰掛けると、
「いやぁ、近くで見ると一段とお美しい・・・奥さん、私の好みです。これからご一緒にお食事でもどうですか？」
「エッ！？」
私の目を見つめ、男性はそう囁きました。主人にも言われた事など無い言葉を、この男性は事もなく私に掛け、私は思わずドキリとしましたが、こんな場面を見られたら、良平にどんな風に取られるか分かりません。私は俯きながら、
「そ、そんな事無いですよ、もう43のおばさんだし、それに、社会人の息子も居ますし・・・」
「いえいえ、私の好みです！一緒に食事に行ってくれませんかねぇ？」
「今、息子と一緒ですし・・・・・」
私が返事に困っていると、男性は尚も私を食事に誘いました。しかも強引に私の手を掴んできました。私はどうしようと思った時、良平が駆け付けてくれました。良平が来てくれた事で、私は気持ちに少し余裕が出来ました。世間話をしている間に、私が宿を探して居る事を知った男性は、知って居る宿を案内するとかって出てくれました。会ったばかりの人ですが、悪い方には思えず、私はお言葉に甘え、良平と共に男性が知って居る宿を見に行きました。この時初めて、男性が棒田さんと名乗り、私も村瀬と棒田さんに苗字を教えました。最初に棒田さんに案内された老舗旅館の前で、棒田さんから色々話を聞いている内に、一人で泊る心細さが私に生まれました。
（旅館に一人で泊るのって、何か嫌よねぇ・・・）
実は私は恐がりでして、そのくせテレビでやって居る心霊特集とか見てしまうんです。こういう老舗の旅館だと、何か出そうな気がしてきて、私は思わず不安そうな表情を浮かべると、棒田さんは、そんな私の気持ちに気付いたかのように、一人で泊ると部屋が広く感じられて、心細くなるような事を言われました。確かにその通り何ですよねぇ・・・