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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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電脳のゴシップとその事情──廻天百眼と執事の復刻-3


 涼子は布団に身体を起こしていた。だから、執事の手が壁の中を浸透して封筒を置いていったのを「目撃」していた。
 それは、まるで実は父親と母親が生きていたというニュースに匹敵する戦慄にも似た大事件だ。本当なら執事を問い詰めて聞き出さなくてはならない。しかし、涼子は執事を「呼ぶ」事さえ出来ないのだ。自分で築き上げてしまった壁がどれだけ厚くなってしまったのか思い知ることになった。
 聞きたい。その秘密を。三浦家で忘れられてしまったその事実を。いや、「真実」を。
 その耐え難い焦燥と葛藤に挟み込まれた涼子は身震いする、駄目だ、身震いするなんて三浦のすることではない。誰よりも堅牢な意志と自制心に満ちていなくてはならない。
 涼子は起こったことを整理して考える。ひとつ。執事は『影』を歩くことが出来る。ひとつ。執事は「カード」の一人である。ひとつ。執事は涼子が「カード」の一人であることを知っている。以上のことを認めれば、答えは自ずと知れて行く。
 「執事は自分が知らないことを何か知っている」という事実だ。自分の目で見た以上、それは認めなくてはならない真実だ。
 涼子はついに意を決する。部屋着から普段着に着替え、執事に逢いに行くのだ。いや、多分執事は待っているはずだ。それが執事の仕事なのだから。必要なときに必要な場所にいる。それが執事の存在意義なのであるから。
 涼子はもはや制服のようになってしまった絹のブラウスに袖を通し、紺のプリーツスカートを身につけた。靴下はいらない。そもそも野蛮な物だ。
 部屋を出て、階段を降りた所に執事は立っていた。いつものタキシード姿で、何事もなかったかのように。
「お許しを頂ければご案内申し上げます」執事は腰を曲げ視線を合わさずに慇懃に言った。涼子は、ただ頷いた。それだけだ。
 執事は先に立って、時折涼子との距離を確認しながら歩いて行く。
 そこは涼子が一度も訪れたことのない古い倉だった。そもそも広すぎる家だ。むしろ知らない所の方が多いだろう。執事はポケットから鍵束を取り出すと、重い錠前を古い鍵で開けた。手入れはなされているようで、特に気になる軋む音は聞こえない。倉の上部には明かり取りがあり、想像していたよりは倉の中は明るかった。
 倉の突き当たりに、奇妙な扉があった。アール・デコ調の装飾が施され、手入れはなされているが、恐ろしく古い。しかし、考えてみれば嘘か誠か知らないが、三浦という性になる前に「古事記」に出てくるほどの旧家であるらしい。こんな物は「新しい」のだろう。
 ただ、扉には鍵のような物は見当たらず、四面体の窪みが付いている。よく見ると、何やら細かい文様のような物が刻まれていた。執事はポケットから鎖の付いた八面体の金属を取り出した。それにもまた、文様が刻まれている。それの向きを確かめるようにして、執事は扉の窪みに合わせた。まるで自動ドアのようにゆっくりと扉が開き、淡い午後の光に薄ぼんやりと照らされた部屋が現れる。
 隠し部屋だ。涼子は確信した。その部屋の中に、促されて涼子は入っていった。
 そこに見た物は信じられない机の上の様々な道具だった。筆や顔料、羽根ペンや彫刻刀、それに大小様々な鋏。
 そして涼子の目を疑わせる物がその作業机の上に乗っていた。
 それは粉砕されたかのように千切れた古いカードと、その隣に並んだ新しいカードだった。それは千切れたカードの複製が作られた現場だったのだ。黒髪の、白い衣を纏い、鉛色の瞳をした少女の像。カードの下の帯に書かれた文字の名は「皇姫」。


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