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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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三浦涼子の灼熱のラプソディ──吟遊詩人と断罪の槌-1


「来るかな?」
 「ロイス・ベル」に背を預けていつものピンストライプのスーツに身を包んだ沓水がまばらな口髭を皮肉っぽく歪ませた。
「来るよ」
 朽ちた酒樽の上に腰掛けて足を組んだ詩音がはっきりと答える。
 砂埃が舞う荒野の向こう側に詩音が「褐色の街」と呼んでいる小さな街並みが遠望できる。荒野であっても、かつては街か住宅かがあったのだろう。割れた空き瓶や錆び付いた缶、僅かに屹立する塀の残骸などがあちこちから顔を出している。ただ、色彩は全て失われ、黄色っぽい褐色に覆われている。見上げれば太陽の位置も解らないほどのぼんやりと褐色に滲んだ空が拡がっていた。
「しっかし古くさいやり方だな『自治会長様宛』の手紙ときたもんだ。一体ここの写真を添付したって、お前携帯だって持ってないのに、どうしたんだよ」
「伊集院に借りたよ、良く解らないけど、むしろ進んでというか、用意してあったみたいにデジカメを貸してくれて、ついでにプリントアウトまでしてくれた」
 ふうむ、と沓水が首を傾げる。
「弁護士の勘としては引っかかるな……伊集院か。女遊びは偽装かも知れんな」
「極めて具体的に愉しんでいるようだけど? なにしろ『歩く性犯罪』だからね」
「…そこまで言われているか…憐れな奴」
 詩音は左手の方向を目を細めて伺う。
「………近い…『影』を歩いている」
 ほう、と沓水が怪訝な表情を浮かべる。
「お前、レーダーか何か入ってるんじゃねえ?『影』を長く歩くとそこまで極められるのかね? 人間から遠ざからないように注意するんだな。俺でも化け物の弁護は出来ないからな」
 街側の道を半透明な指がピアノを叩くようなアクションを演じている。サルバドール・ダリの絵画の動画版。近づくたびにそれは鮮明になり、やがて白い絹のブラウスに豊かに盛り上がった胸が、額に光る白銀のティアラが実体化した。黎明学園自治会長、三浦涼子。普段は美しく澄んだ黒い瞳はすでに鉛色に濁っていた。
 長身のしなやかな身体にはまるでハンディ・シンセサイザーのように白銀の「スタッカート」が提げられている。宙を舞うように動いていた指は動きを止めて、静かに膝に添えられた。紺色のプリーツスカートが風に翻る。一瞬見えた太腿の白さは鮮烈だった。
「はっ! 本当に来たじゃんか自治会長様よう! たま〜にしか学校に行かないから顔も忘れかけてたぜ。麗しい三浦先輩、お久しゅう。悪いけど、相変わらず高慢ちきな面ぁしてやがんな。最近のダッチワイフは良くできているって言うけど本当だな。その身体の中にはアブラ虫みたいなドロドロした物ではち切れんばかりってかあ? とにかく『影』まるごと一つ支配するってのは反則だぜ。俺みたいに小市民やっているのが限界だあな。悪いけどその『指』はもう使わせないからそう思え」
 沓水の合図で「ロイス・ベル」が滲むように消えた。
「私は三浦涼子ではない。もう、そんなちっぽけな物にしがみつく必要は無いのだ。『遺伝子保護法案』が潰えた時点で、私は改めて『フィヨルド』の支配者『皇姫』として、『影』の他国を我が物にしよう。私には『影』を動かす力があり、破壊する源泉を所有している。この『スタッカート』と同じ力の源泉をな。従う者は許し、抗う者は潰す。歴史はそうやって偉大な存在を許したのだ。違うか?」
「まるっきり違うな。最大で秦の始皇帝みてえに16年持てば上出来だぜ。民を愛さない王様の末路ってなそんなもんだ。っておい!話も聞けねえかぁ?」
 沓水の足下に紫色の音弾が炸裂した。沓水は飛び上がって避け、また飛び上がって避けた。
「俺は弁護士であって『裁者』だ。フラメンコのダンサーじゃねえんだって。恐怖政治のでっち上げ野郎! 手前ぇのおためごかしの茶番を許さねえってんだよ! 詩音、『影』最高の『影歩き』のお前の出番だってばよ!」沓水は崩れかけた塀の影に身体を貼り付かせる。
 涼子が攻撃を止めて詩音に視線を突き刺した。鉛色の瞳は沸点を超えて渦巻いている。
「……ほう、貴様が『吟遊詩人』と呼ばれる噂の『影歩き』か。影を歩かせたら右に出る者は居ないと聞くが、本当か?」


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