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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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フィヨルドの夜の祭り──逃走と戦闘とその清掃-4


 白い絹の艶やかなブラウスはその漆黒の髪によく似合った。肩のストラップから下げられた48鍵盤の兵器「スタッカート」は白銀のカスタム。紺のプリーツスカートは一見地味だが、その際だったスタイルを強調する結果になっていっそ艶めかしい。リーガルの靴が両側の壁に反響し、前方の大捕物とはまるで無関係かのようだ。普段は決して身につけることのない白銀のティアラが喧噪の伴う光を反射した。
 そして、その前に仁王立ちする堂々たる影を見つめて足を止める。
 周囲に反射する照り返しの中に浮かび上がるその日焼けした肌、チェ・ゲバラがプリントされたTシャツとリーバイスのジーンズと履きこなれた登山靴の他は一切の丸腰だ。
 共通する直感に二人は対峙する。先に口を開いたのは男の方だった。
「その玩具を頂こうか。ついでに打鍵する部分に付いた材料の出所を教えて貰おうか、黎明学園自治会長の三浦涼子殿」
 女の眼が漆黒の輝く眼から邪悪な鉛色になるまでほとんど時間はいらなかった。
「ほう、私を知っているとは見上げたものだな」
「あそこで遊んでいる坊や達から頂くのは簡単なんだがね。それじゃ弱い者虐めみたいでね。まあ、突っかかってきたのは5、6人居たからそっちは始末したがね。残念なことにその玩具のピアノも殴り壊しちまった。大将から獲るのが筋ってもんだろう」
 涼子は僅かに首を傾げた。
「この世から消えてなくなる前に貴方の名前を聞いて置いた方がよさそうね」
「ふむ。貴様の首がもげる前にそうしておこうか。俺は『七月のムスターファ』議長の杉野二郎だ。黎明学園にも居たんだが、水が合わなくてなあ」
「その『七月のムスターファ』とやらの目的を聞いておこうかしら」
「簡単な事さ。『遺伝子保護法』をぶっ潰す。それだけだ」
 涼子はちらりと右前方を見る。夜目にも鮮やかな赤毛と紅い瞳の少女。
「……謎が解けた、という事ね。『遺伝子保護法案審議会』の牛歩も、混乱も。あなたたちの仕事だったって訳。『特例遺伝子解析チーム』の方は順調に進んでいるのに、たった三日もあれば仕上がる審議を成立させなかったという事ね」
 今度は杉野が首を傾げる番だった。
「……その『特例遺伝子解析チーム』とやらは、なんだ?」
 涼子は普段からは考えられないような邪悪な笑みを浮かべた。
「世界最高の頭脳の集積。表向きは多田製薬の第二種開発部門になっているけどね。モルガンもロックフェラーも、デュポンも協力してくれている。連中の大好きな差別という悪意の部分を増幅してね。地球にはドブネズミが増えすぎた。駆除して灰にして原子にまで分解して清浄な大地を取り戻す。その崇高な使命を邪魔するのは、ドブネズミに寄生する疫病以外の何物でもないわ」
「意見が合うな。俺はそういう神様気取りのダニを駆除する専門家でね」
 緊張が極限まで張り詰める。二人は共に五感を限界まで引き上げた。
「貴方が倒した連中は『ピチカート』。それでもバイエルしか弾けない無能な馬鹿共よ。捨て駒に過ぎない。そもそもこの『フィヨルド』自体がクズ。たまたまこの『スタッカート』に必要な物が手に入る唯一の『影』だったから、それを利用させて貰っただけ」
「それで女達がほとんど居なかったって訳か。大方材料を採取するのと製造に回したという訳だな。そして男は馬車馬のように働かせると。いくつか、『フィヨルド』を維持するのに必要な『議会』を機能させておくための施設と男達の最低限の娯楽を満たしてやる。それも極めて偏向した選択肢でね。よくわかった。貴様は正真正銘のダニだ」
「ペスト菌に言われたくないわよ」
「……さて、じゃあコンサートを始めようか。俺にとってはホルストとピンク・フロイドの違いが全く解らないのだがね」


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