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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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夜のフィヨルド──夜の彷徨と由子の幸運の鍵-2


「……これもまた『幸運の鍵』の発動かね」
「値上がりしてるじゃない」由子がふくれっ面をする。
「しょうがねえよ。この間みたいになっちまったら元も子もねえ。その分警備もさらに厳重になるし、管財人も同じ轍を踏みたくねえしな。どうすんだい?」
「詩音、お願いね」由子が詩音に振り返る。
 詩音はやれやれという風に両手を拡げると後を向く。そのまま少しじっとして、振り返ったときには右手が膨らんでいた。開いたその手には銀貨が二枚と銅貨が四枚。
 ガリーは微笑みを浮かべて、胸のポケットから三枚の茶色のチケットを出して詩音の手に握らせる。
「じゃあ、案内しようか」
 そう言うとガリーは「ロイス・ベル」が止まっていた方角に歩き始め、三人は慌てて男を追いかけた。
「だって、瓦斯灯も看板も見えなかったよ?」由子が怪訝な顔をする。
「倉庫に看板が必要かよ。そもそもサクラ・ファミリアの時はそれも失敗の一つだったんだ。この街で明かりを煌々と照らしているなんて、花火打ち上げて遊んでいるお祭りみたいな物だからな」
 そう言ってひとつの路地裏に踏みこんで行く。そして、壁としか思えなかった所をノックして声を落として言った。
「ブタっ腹のかあちゃん」と、くぐもった声が中から聞こえる。
「カモメの肥だめ」
 木が軋む音を立てて扉が開いた。僅かな電球の明かりが覗く。
「おう、ガリー。ノルマ達成だな」「おうよ」
 ガリーは三人に手招きして言った。
「ま、愉しんでくれ。お嬢ちゃんは様子を知っているよな」ガリーが手を振ると扉は閉ざされ、再び静寂に街が支配される。ガリーはそのまま元来た道を歩き始めた。今夜はどこかの店で一杯飲んで寝ようかどうしようかと考えを巡らせる。
 路地の出口で、ガリーは暗闇から出てきた強靱な腕に首にスリーパー・ホールドを極められた。力自慢のガリーが身動き一つ出来ない強力な拘束だ。
「夜の一人歩きは危ないよ、坊主」
 左腕は首に巻き付き気管を締め付けられ、交差した腕の先には光る物がガス灯の光を受けて反射する。頸動脈を走る血液の減少で意識が飛びそうになった。
「……手前ぇ、何のつもりだ…金か?」ガリーはその毛むくじゃらの手を絡みついた腕にかけて引き剥がそうとするが、まるで鋼鉄のようにビクともしない。それよりも、戦争に使うような長大なナイフが構わず喉に食い込んで行く。ガリーの右足に何者かの足が絡みつき、捻り込んでくる。骨が砕けそうな苦痛がガリーの全身を走り抜けた。思わず片足を折り、地面に叩きつけられた。
「別に手前ぇにとって悪い話じゃねえのさ…ただ、ちょっとしたパーティーの場所に案内してくれるだけでいい」
 数々の修羅場をくぐってきたガリーは、自分が本当の危機に晒されていることに気付く。
「…わかった、わかったから腕をほどいてくれ。ついでにその物騒な物も納めてくれ」
 腕が解かれ、間髪を入れずにガリーの横腹に重い蹴りが入る。ガリーはしばらくの間、呼吸が止まる。内臓が腫れ上がるような一撃だった。
 もう一度の衝撃が走る気配を感じ取ったガリーは、脂汗を流して立ち上がる。
「……う、くうううう…こ、こっちだ」
 ガリーは背中に鋭い切っ先を感じて震えながら先に立ってふらふらと歩く。
「ところで、何人か見かけない客が来なかったか? 教えてくれるとありがたいのだがなあ」
 今度は背中の方から正確に膵臓を狙った突きが入った。ガリーはまたもや呼吸を失ったが、なんとか意識を保つ。
「ああ、前に来たお嬢ちゃんと、スーツを着た男と、風来坊のような見かけのお坊ちゃんだった。いや、お嬢ちゃんかな? 男にしては綺麗すぎる」
「そりゃ嬉しい情報だ。で、どこなんだ?」
「その左側の壁に扉がある…壁にしか見えねえけど」
 回し蹴りが今度はガリーの腹に食い込む。
「ありがとうよ、いい子は早くお家に帰りな」
 ガリーは前屈みになりつつ、路地を這うようにして大通りに千鳥足で歩いて行った。
「……今日は厄日だったみてえだな…」
 振り返ると、闇の中に戦車のような男のシルエットと、華奢な女性のシルエットが蜻蛉のように浮かんで見えた。


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