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黎明学園の吟遊詩人
【ファンタジー その他小説】

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冷却用三角定規──沓水の法律事務所-2


 沓水は三つの電話を同時に叩き切る。最後の一台は右膝で斜め上から空中を薙いで叩きつけた。本体のプラスチックが蜘蛛の巣状にひび割れる。汗にまみれ、ポマードで固めた髪の毛が幾筋か額に垂れ下がり、力無く革張りの豪勢な椅子に身体を預けるとネクタイを緩める。
 20坪ほどの方形の部屋には、シャワールームとトイレ、小さなキッチンと化粧室の他には応接セットと書類が山積みになったサイドテーブルと大きな黒檀のデスク、それに秘書用のスチール製の事務机以外には何もない。後は沓水というピンストライプのスーツを着た少年と、「自由意志を持つ計測器具」だけだ。
 このメシュメントの検察局や裁判所の密集する一角の近代的なインテリジェント・ビルの中の六階のオフィス、それが「沓水法律事務所」だ。
「今週で二つ目でございます。いい加減に電話機を昇天させるほどに可愛がるのはやめて頂けませんか?」
 その「自由意志を持つ計測器具」であるヘクトルが落ち着いたアルトの声を響かせた。
 ヘクトルは木製の大きな三角定規の組み合わせで出来ている。頭部は卵形で、顔の造作は何もなく、ただ艶のない純粋に白い石膏だ。指は細かい三角定規と直定規がリベットや木細工によって丹念に作り込まれている。材質は石膏の頭部を除いて全てメイプル・バーズアイであり、高貴な雰囲気に包まれていた。
「ただいまのご相談の中に『三角定規の分際で』という不適切な発言がございました。訂正を強く求めます」
 くわっと沓水のロンパリになった狐のような眼が見開かれ、まばらな口髭を逆立ててヘクトルにぶちまけるように唾を飛ばす。
「その通りそのまんま! いい加減手前ぇらのいざこざに付き合ってられるか! 木で出来ていようと鋼で出来ていようとなんでそんな物拘るんだよ大概にしろよ定規じゃねえか実際に! 俺にとっちゃどうでもいい事なんだよそんな事はどっちでもよ! それがなんだ鋼人と木製人がぶつかって木が傷ついただのビルから落ちて金属が曲がっただのと五月蠅いんだよこの野郎! 法廷に出る俺なんぞただのピエロだよ機械の身体が欲しくて銀河鉄道になんか乗りたくねえぞ俺は! 海賊を狩る海軍本部の法廷で弁護した方がよっぽど幸せだよあああ弁護士ってのはもっとこう神秘的でかっこよくてペリー・メイスンなのをやりてえ訳でE・S・ガードナー読んで弁護士になったってのに完全に絶望的に根源的に現実的に将来的に完っ全に間違えているわけよ俺は」
「あら、沓水様はペリー・メイスンなどよりよっぽど有能でございますよ。先日も鋼人マフィアの依頼人が実は木製人の検事で、体面を保つために捏造したことを証明して投獄したばかりじゃございませんか」
 ぐ、と沓水は苦虫を噛みつぶしたように顔を歪める。


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