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良助
【青春 恋愛小説】

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2 順子-8

 果たして順子の親は心配していた。別にやつれた様子は無いが何か悩み事があるのでは無いかと考えたのである。受験については特に悩んでいる様子は見られないし、何が何でも国立大学に入れなどとは言っていない。本人もそこまで国立大学に固執しているようではない。声楽科のある私立大学は日本全国いくらでもあるし、本人の希望は別として、経済的な意味では何処の私立大学に入っても通わせたり下宿させたりするだけの余裕はある。順子もそういう家計の事は知っている筈である。すると何か交友関係の悩みでもあるのだろうかと考えた。
 そんな時に順子が雑誌を示して「その写真のモデルは私のボーイフレンドのお姉さんなのよ」と言うから、そのボーイフレンドが悩みの種なのかどうかは別として1度会っておきたいと思った。何気なしに姉さんも一緒に家に呼びなさいと言ったのは、綺麗なモデルに会って見たいからと思わせておくつもりだった。どんな少年と付き合っているのか見ておきたいなどと言うと却って不穏当に思われてしまいそうである。しかし順子の父は遅い子持ちで祖父と言える程年が離れていたから、勿論娘のボーイフレンドの姉さんになど関心は無い。都市銀行の頭取をしている程の人物だから、今更若い女性モデルの写真を見て本人に会ってみたいなどと思う程通俗ではないのである。
 一方順子は毎日良介が自分の為に家からパンを持ってきてくれるということが嬉しくて、要するにちょっとした恋人気分を味わって楽しかったのだが、家に招待すれば貧乏で無いことはすぐにバレルから親に紹介したいという気持ちと毎日パンを持ってくることを続けて貰いたいという気持ちとのジレンマで多少悩んだりはしたが、親に認められた交際というのはやはり1歩進んだ確実性が備わるような快感がある。それで良介と姉さんを呼ぶ方に決めたのだが、良介に『変な虫を追い払う為に呼んだのだろう』と言われて、まさかと思った。しかしまさかと思う一方で、ひょっとするとそうなのだろうかと考えたりもしてしまう。悩みを自分から求めるのは恋に落ちた若い女性特有の傾向なのである。
 自分の娘にはやさしい理解ある父親の顔を見せておいて、相手が来れば態度を豹変させるということもなるほどあり得ないでは無い話である。このように、良介と姉さんが田宮家に招待されるという出来事はそれぞれの人達の心にさまざまな波紋を引き起こしたのだが、時間はそれに関わりなく経っていき、いよいよ2人が荻窪の田宮家に行く日が来た。

 恵子は日頃モデルとして仕事をする時以外は女らしい服装などしたこと無いのに、今日は鮮やかな蒼いワンピースを着ている。極細のニットのワンピースで、上は水着のような形になっている。つまり体に密着し、面積が小さく、細い肩紐が付いている。それが腰の下から急に豊かなドレープを描いて広がり、歩くたびに裾が揺れて女らしい雰囲気を振りまく。上にはアンサンブルのカーディガンをはおっているから肌が露出し過ぎるということは無い。背の高い良介と並んでもハイヒールを履いているので殆ど変わらない。真ん中に1粒の真珠が着いた黒いベルベットのチョーカーをしている。恵子は胸元でぶらぶらするネックレスが嫌いで、何かするときはいつもチョーカーである。

 「姉さんまるで見合いに行くみたいじゃないか」
 「そうよ。果たし合いに臨む時は最高にドレスアップして心の準備をするもんなんだよ」
 「果たし合い?」
 「そう、良介みたいな不出来なぼんくらでも私にとっては可愛い弟だからね」
 「不出来なぼんくらは酷いなあ」
 「それが事実だから」
 「例え事実でも可愛い弟に言う言葉じゃないと思うよ」
 「弟思いの姉さんにそんなこと言わせる方が悪い」
 「別に言わせて無い。勝手に言ってる」
 「言いたく無いけど良介見てると言葉が出てきちゃうんだ」
 「マスクをしてたら?」
 「マスクの端から良介の悪口がゾロゾロ出てくる」
 「あーあ。やり切れない。姉さんちょっと離れて歩くよ」
 「何で?」
 「みんなこっち見るから恥ずかしい」
 「私が美人だからしょうがない」
 「ふん。それじゃ先に行くから」
 「待てっ。こらっ」


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