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お世話いたします……
【その他 官能小説】

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お世話いたします……-11

(11)

 心なしか、専務の表情が引き締まっているように見えた。
初めて訪れた本社の専務室である。豪華なレザー張りの応接セット。私は椅子に腰かけて俯いていた。
「どうぞ」
テーブルのコーヒーをすすめられたが、私は会釈をしただけで黙っていた。
 
「お会いしたい」……
専務から電話があったのは辞表を郵送してから3日後のことである。日曜日に社長宅を出る時、メモを置いて帰った。
『突然で申し訳ありませんが退職させていただきます。すみません。 新田貴子』
筋道としては直接会って伝えるべきだが、とても合わせる顔がないのでやむを得ずしたことだった。

 私は覚悟を決めていた。入社間もない社員の退職願いである。簡単な事務手続きで済むはずなのに専務が直々に会いたいと言ってきた。何か異変を感じたのかもしれない。
(きっと社長とのことが知られたんだ)
何を言われても甘んじて受けよう。言い訳はしないと決心してきたのだった。

「新田さん」
専務は私の前に座ると封書をテーブルに置いた。私が出したものである。
「拝見しました」
「すみません、急に……」
専務はコーヒーを一口飲んでから小さく息をついた。
「謝るのは私のほうよ」
「?……」
「あなたにひどいことをしてしまった。……ごめんなさい」
顔を上げると専務が頭を下げていた。
(専務……)
訳が分からなかった。
「すべてお話しするわ。怒らないで聞いてくださいね」
専務の目は少し乱れを見せながらもまっすぐに私を見つめた。

「実は、今回のクラス会のこと……嘘だったの」
実家に行っていたという。理由は、私と社長の2人だけの時間をつくるため……。
何のために?
「主人、性欲が強いの」
突然そんなことを言い出して、さすがに俯いて声を落とした。
それだけではなく、嗜好というか、性癖というか、女性の好みが限定的なのだという。
「自分を子供のようにやさしく扱ってくれることで気持ちが高まるの。そうだったでしょ?」
「え?……はい……」
不意のことで返事をしてしまった。

 多くの場合、男は能動的で、女を征服することで悦楽に浸る。しかし社長は、
「逆なの。女性に甘えることが昂奮なの」
自分がやすらぎを覚える相手にしか反応しない。甘えを心から受け止めてくれる女にだけ欲情する。それはどういう女か。
「主人がそれを感じた人。そういうしかないわ。年上だからいいというわけでもないし、以前訊いたことがあったけど、本人もはっきりとは答えられなかった」
心に響く温かさ、包容力。結局、感覚的なものらしい。

「私にしかそれがないんですって」
専務は頬を染めて笑った。
「主人と結ばれたのは、私が中2の時。主人は中1だった。信じられないでしょう?」
家が近所だったので幼い頃から遊んだ仲だった。友達というより姉弟といった間柄で、
「お姉ちゃんお姉ちゃんって、どこにでもくっついてきた。主人の母親は物心つく前に亡くなっていて、だからかどうか、私を慕ってくれてたわ」

 セックスした切っ掛けは性に目覚め始めた私のほうから……専務は言った。
「男子の体に興味があって、私の家で見せてもらった……」
それだけのつもりだった。だが、触っているうちにおかしくなって、上に重なって『真似事』をしているうちに弾みで入ってしまった。

「もちろん2人とも初めて。それ以来、ずっと……。私は主人しか知らないの。主人もそうだったのよ。数日前までは」
「そうですか……」
(やっぱり、知っていた……)……半世紀に近い2人の関係に私は……。

「関係の始まりがこうなったのかしらねえ……」
専務の微笑みは何となくやわらかく見えた。
「私、驚いてるの」
「……」
「だってあの人が、あんなに夢中になるなんて……」
 主人とのセックスは心身ともに労力が必要だった。幼い子供のように接して、お風呂も一緒。体を洗ってあげて可愛がって……。昂奮はそうやって高まっていく。
「愛しているけれど、私ももうすぐ還暦。体がきつくなって……」
思い切って本音を打ち明けた。
「あの齢ですごいでしょう?」
「はい」
思わず答えてしまって体が熱くなった。

「お恥ずかしい話なんだけど、風俗やソープに行ってくれたらなんて思ったこともあったんだけど、だめみたい。1度ね、デリヘルって言うの?あれ、頼んでみたの。試してみなさいって主人を説得してね。ふふ……全然だめだったって」
言うとおりになんでもしてはくれるが、それは誰にでもすること、金のため、仕事……。それが冷たく感じられたという。
「主人のセックスは短絡的な性処理ではないの。中学生から今まで、ずっと続いている深い絆みたいなもの。恥ずかしいけど……」

「私、腰が悪いの。コルセットしてないとまともに動けない。手術を考えてるの」
 考えた末、募集をすることにした。お風呂の介助、身の回りの世話係。健常者だから介護ではない。具体的な内容を明示したのでは高齢の応募があるかもしれない。やむを得ずそれは伏せてしまった。社長宅の管理業務としたのはそういうわけだった。

「実は、あなたのことは興信所を使って調べさせてもらいました。写真もたくさん撮りました。ごめんなさい」
その写真を……。
「主人が気に入って……」
しばらく瞬きもしないくらい見入っていた。
「先ほどお話ししたように、心に感じる何かがあったのでしょう。この人がいいと言ったのです。とても恥ずかしそうに……」
専務は深いため息をついてコーヒーを口にした。私もつられて喉を潤した。すでにぬるくなっていた。 
 


    
  

 


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