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DILEMMA
【大人 恋愛小説】

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その瞳にうつるなら-2

美香が味噌汁の入ったお椀を持って戻ってきて、二人一緒に「いただきます」を言う。
「ねぇ、おいしい?」
美香がテーブルに頬杖をついて上目遣いで尋ねる。そのマナーの無さより可愛さの方が上回るのは、惚れた弱みだろうか。
「おいしいよ」
本当に、美香いわく『梅風味の鯖の照り焼き』はおいしかった。拓巳の感想を聞いて、美香は満足そうに笑った。
こうしていると、まるで恋人同士だ。
だが実際は、二人はいわゆる『セフレ』みたいな関係で、拓巳の想いは常に一方通行だ。
いつか、この朝食が理由なく毎日訪れる日が来るだろうか。希望は限りなく少ない。
「この鯖ね、最近ちょっと練習したんだぁ。拓巳に試しに食べてもらおうと思ってこの間買っといたの」
「へぇ」
「本番も成功するといいな」
美香の最後の台詞を何気なく聞いていた拓巳は、その言葉の意味に、最初気が付かなかった。
「何それ、本番て?」
予想される、あまり良くない返答を頭の片隅に置き、拓巳は質問した。
美香は頬杖のまま、一瞬はにかむような笑顔を浮かべる。その表情が目に痛い。

「和食が好きなんだって、あの人」

やっぱり、という思いと、どうして、という思いが拓巳の頭の中を交錯する。
思わず箸の動きもとまった。

「あたし和食なんてあんま作んないし、だから、これからちょっとずつ頑張ろうと思って」

次は何に挑戦しようかな、と幸せそうにつぶやいた美香の顔を、拓巳は見られなかった。
ただ声を発するような相づちしか打てず、またそれが拓巳の精一杯の返事だった。

つまり、この朝食は間接的に田村のために作られたものだということか。
拓巳は食欲が勢い良く減退していくのを感じた。ただ、細かな背景はどうあれ美香がせっかく作ってくれたものだから、せめて完食はしようと残りは喉に流し込むように掻き込んだ。腹が少し重たく感じる。
「ごちそうさま」
短くつぶやくと、拓巳は手荒に食器を手にして立ち上がり、キッチンに行くと、大きな音を立ててシンクに置いた。
まだ片付けられていない包丁やまな板、味噌汁の入った鍋を見て、拓巳は自分がひどく惨めに思えた。
キッチンと部屋をつなぐドアが開いて、美香が「洗うね」と言って拓巳の隣に立つ。
「どうしたの?やるよ?」
シンクの前に立つ拓巳の背中を、美香は軽く叩いてどくように促した。
拓巳は一歩後ろに下がり、壁に寄り掛かりながら、食器を洗う美香の後ろ姿を見ていた。

先程の幸せそうに笑った美香の顔が頭から離れない。
好きな人は既婚者で子供もいて、今の関係は不倫なのに、美香が幸せに顔をほころばせる意味が拓巳には分からない。
報われない恋の辛さに美香が心を痛めて、何度か泣きながら電話をかけてきたことだってある。
そんな夜は決まって二人で過ごして、朝は時間が許す限り、拓巳が美香のその寂しさを埋めてやっていた。

――じゃあ、俺の気持ちはどうなんの

美香は、たぶん、最低な女だ。
いつも思う。なんて理不尽な片想いなのだろうかと。自分の恋こそ不毛だ。
それでも、他の男のせいで泣きながら電話をかけてきたり、泣きそうな顔で突然アパートにやってくる美香を諦めることができない。
都合のいい、寂しさを埋めるだけの相手でもいいから、美香の傍に少しでもいられるなら拓巳はそれでもいいと思ってしまう。


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