投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

変容
【SM 官能小説】

変容の最初へ 変容 4 変容 6 変容の最後へ

変容-5

「そして夫と別れたきみは、『谷 舞子』というペンネームでネットに投稿小説を書き始めた。
いつも読ませてもらっているぜ。かつてSMクラブで鞭を手にしていた魅惑的な女の偽りに充
ちた仮面小説をね……」と、サタミはゆっくりと煙草の煙を吐きながら、皮肉を込めた声で
つぶやいた。

わかっていた…彼が私のペンネームに気がつくことを……おそらく彼が私の小説だと気がつく
ことを、私はいつも脳裏に描いてこれまで書いてきたのだから。

「あなたは、私が仮面の小説しか書けないことを知っていたわ…」

「きみの特異なオルガスムの相反的な不感症にみられる精神失調状態……」と、サタミは口笛
を吹くように冗談めいてつぶやいた。

私は口先を尖らせて言う。「やっぱり私は、あなたに弄ばれる患者というわけかしら」

わずかな蝋燭だけが灯された店の中に、街の夜景の光が不思議な文様を描きながら細い筋とな
って忍び込んでいた。その光の筋は、彼の引き締まった頬の線と魅惑的な鼻梁をくっきりとな
ぞり上げ、ポロシャツの胸元から覗いた肉肌をくっきりと浮かび上がらせた。

「人ぎきの悪いことを言うものだ」サタミは甘やかな表情を見せ、笑いながらつぶやく。そし
て手にしたグラスの縁を舐めるように唇に含んだ。


「実は、きみを誘いたい場所があるんだ」 そう言いながら、サタミはふたたび煙草を深く吸
った。

テーブルの上に置かれた燭台の蝋燭が、透明な緋色の妖しげな炎をゆらし、その光がサタミの
横顔を地の底から這い上がってきた亡霊のように照らしている。

「おれたちには、どうしても必要な場所だ……」

私たちに必要な場所……いや、おそらく私たちだから必要な場所なのだ。私の中で気だるい欲
望が湿りはじめ、私は彼を欲しがる自分を確かに感じていた……。


………


「とても素敵な場所だわ」
私たちが導かれた洋館の部屋の窓からは、枯れた芝生の庭の先に荒涼とした海岸が見え、暗澹
とした冬の海が水平線まで続いている。風に波がもだえ、空に舞う鳥があおられている。  

暖かすぎるほどの部屋の窓を開け放つ。冷たい風が心地よく頬をなでる。続き間になった隣の
部屋で彼の執事だという老人が食事の用意を終え、静かに部屋を出ていった。

「寒くないか」
以前は、けっして聞くことがなかった優しげな彼の言葉だったが、私は言葉の奥に潜むあの頃
の彼を密かに意識していた。とらえどころのない意識は、私の肉体を掻きたて、淫蕩に泡立た
せ、欲望へと誘惑する。

「いいえ、少しも。今日は冬にしてはあたたかいくらいだわ」そう言った私の肩を彼がゆるや
かに抱き寄せる。

目の前に拡がる海が、遠くて近い記憶の風景に見えた。彼の体温に私は浸った。窓の外の風と
波の音が薄く霞んでいき、彼の微かな呼吸だけがくっきりと鼓膜に吸い込まれていく。


 現実からあの頃の記憶へと引きずり込まれるように彼が迫ってくる。私は、まるで貪婪な鋭
い歯で臓腑が裂かれ、喰い荒される前の生贄となる……あのときと同じように。掻きたてられ
る意識が昂ぶり、乱れ、私という存在のすべてを剥ぎ取られ、生きた化石となって彼の中にふ
たたび閉じ込められようとしていた……。



あれは彼とつき合い出して、初めて迎えたクリスマス・イヴの夜だった……。



変容の最初へ 変容 4 変容 6 変容の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前